最新記事
シリーズ日本再発見

「社宅」という、もう1つの職場――何のために造られたのか

2019年09月30日(月)11時25分
松野 弘(経営学者、現代社会総合研究所所長)

nayuki-iStock.

<明治以来、メーカーなどが社宅を用意し、最盛期には205万世帯が住んでいたという。この日本独自の制度は日本的経営の源泉だったが、そこに暮らす人たちは悩みも多かった>

日本的経営の三要素として、(1)終身雇用、(2)年功序列、(3)企業別組合が挙げられるのは一般に知られているところである。さらに、この日本的な温情主義的な労使関係を支えているのが、企業の福利厚生制度だ。

この福利厚生には、社会制度としての「法定福利」(社会保険〔健康保険・年金・雇用保険等〕への企業負担)と会社が企業内福祉として社員のために独自に行う「法定外福利」(家族手当・住宅補助・食費の補助・社宅・社員旅行・保養所等)がある。一般に大企業では、これらの福利負担率は社員給与の20~30%程度と言われている。

日本では、これらをきちんと負担できる企業が社会からも信頼される企業とされてきた。大企業の関連会社は大企業の福利厚生制度がそのまま引き継がれていて、福利厚生は万全だ。親会社より給料はたとえ低くても、福利厚生が充実しているのが大企業の関連会社の長所であると言えるだろう。

この中でも、社宅制度は日本独自のものである。元来、社宅は企業の社員(労働者)を工場近くの場所に住まわせることによって、社員の生活管理を行い、生産活動に支障をきたさないようにすることを目的に造られたものである。

家賃も民間のアパートやマンションに比べれば安いし、会社にも近いというメリットがある。半面、同じ会社の人たちが一つ屋根の下に住むわけだから、会社外でも四六時中、会社の人間(あるいは、その家族)と顔をつき合わせなければならないという精神的なプレッシャーがある。

明治以来、全国各地に工場を持つ比較的大規模な企業(製造業者)がそれぞれの工場のそばにこうした社宅を造り、社員の生活管理を行ってきた。高度経済成長時代の最盛期(1960年代~1970年代)、こうした社宅には全国で205万世帯が居住していたと言われている。社員確保のための住宅政策として始められた社宅制度は、このようにサラリーマンとは切っても切れない関係なのである。

「上司―部下関係」が持ち込まれる社宅の生きづらさ

社宅に住む人たちが抱えている悩みは、同じ社宅に住んでいる人たち(とりわけ、社員の妻)の間に、会社と同じような「上司―部下関係」が持ち込まれていることだ。

自治会、掃除当番、さまざまな行事でリーダーシップを握っているのは、その社宅で一番偉い上司の奥さんである。その社宅へ引っ越しをすると夫婦共々、一番のお偉いさんの家へ挨拶をし、さらに、それに連なる上司の家へ挨拶回りをするというわけだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、総合的な不動産対策発表 地方政府が住宅購入

ワールド

上海市政府、データ海外移転で迅速化対象リスト作成 

ビジネス

中国平安保険、HSBC株の保有継続へ=関係筋

ワールド

北朝鮮が短距離ミサイルを発射、日本のEEZ内への飛
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中