コラム

最初の作品集は「遺作集」、横尾忠則の精神世界への扉を開いた三島由紀夫の言葉

2023年04月17日(月)08時05分

戦前から戦後へ 描くことの原点

横尾は1936年、兵庫県多可郡西脇町(現:西脇市)で生まれた。

未熟児で生まれ、幼い頃に呉服の行商を営む伯父夫婦の養子になる。暮らしは決して楽ではなかったというが、自然豊かな環境で、信仰深い養父母に可愛がられていたという。周りの子供たちの親よりも高年の養父母のもと、色鮮やかな着物の紋様(播州織)や戦前、戦中の田舎の土着的な風景を見ながら育ったことで、闇や知らないものに対する恐怖と興味と冒険心を抱くようになる。

横尾の創作において最も重要なテーマのひとつと捉えられるのが「死」だ。その背景にはいくつかの理由が考えられるが、なかでも高齢の養父母が亡くなってしまうかもしれないという恐怖と戦争体験がある。

西脇は空襲を逃れたが、都会の神戸や明石の空襲で赤く染まった空や廃墟となった大阪の街の風景が彼の脳裏に深く焼き付いたことは、後年の作品に明確に見て取れる。特に恐ろしかったのは、終戦間際の小学3年生のある日、生徒が大勢いる校庭に突然グラマン戦闘機3、4機が降下してきた時で、パイロットの顔が見えるほどに機体が迫り、子供ながらに死を意識したという。

一方で横尾は、この体験を、死という個人的なものが戦争という社会的なものと繋がった一瞬であり、社会に向けて扉が開かれた出来事だったとも言う。恐怖を感じる一方で、サーチライトに神々しさやファンタジーの側面を見たり、廃墟の風景の向こうに生を感じ取るなど、常に物事を両面、両性の原理で見るという、相反するものが一体化したような感覚が横尾には顕著に見て取れるが、実父が夢遊病者だった記憶についても、愛情と恐怖を同時に抱いていたと語っている(注2)。

横尾は、いわゆる落書きの類を子供時代にしたことがないという。1941年、5歳の時に描かれた作品《武蔵と小次郎》のリアルな描写を見ると、2歳で既に絵本や漫画を手本として絵を描いていた彼にとって、絵を描くことはすなわち模写だったと理解できる。

01_musashi.jpg

《武蔵と小次郎》1941年 338×498mm 紙に鉛筆、クレヨン


「人の絵を見て真似して描くことが絵を描くことだと思っていた。自分の発想で(何かを生み出そう)なんて思わなかった。画家になりたいとなんか思ってなかった...」

終戦後に進んだ中学では、漫画や江戸川乱歩の探偵小説、南洋一郎の冒険小説やその挿絵などに夢中になる。

高校では、挿絵画家や漫画家、郵便配達員になることを思い描いていたようだが、2年生の時、東京から来た武蔵野美術学校(現:武蔵野美術大学)出身の絵画教師の影響で油絵を始める。そして、その教師を頼って受験のために東京に行くも、受験前日に突然帰るように言われ(後に横尾家の経済状況を案じた教師の親心だったことを知る)帰郷し、加古川の印刷会社に就職する。

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの過激衣装にネット騒然

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 10

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story