コラム

企業に経済制裁を強要すべきではない

2022年03月05日(土)15時54分

ロシアでアップル製品を扱う販売代理店は閉店したが(3月2日、オムスク) Alexey Malgavko- REUTERS

<ロシアの日系企業が日本の手先のように動くことを政府やメディアが強要すれば、ロシア政府から敵と見做され大きな禍根を残すことになりかねない。欧米企業は自社にも現地従業員にも痛みの少ない制裁を選んで行っていることに留意すべきだ>

ロシアがウクライナへの侵攻を始めてから9日間が経過し、ウクライナ側の犠牲者が日々増えている。ロシアは戦争を一日も早くやめ、撤兵するべきである。国際社会は国連の緊急特別会合を開催してロシアに即時・無条件の撤兵を求める決議を採択し、また各国がさまざまな経済制裁措置を打ち出し、国際機関は難民を支援している。ロシアに侵攻をやめさせるために利用可能なあらゆる非軍事的手段を動員することに私も賛成であるし、微力ながら支援もしている。

一方、気になるのは欧米の大手企業が自ら制裁を実行しはじめたことだ。アメリカの石油大手エクソンモービルは3月1日にサハリンでの天然ガス・原油採掘事業「サハリン1」の操業を停止するプロセスを開始したことを発表した。同社は声明の中で、この措置がロシアのウクライナ侵攻への抗議のためであることを言明している(ジェトロ「ビジネス短信」2022年3月2日)。また、アップルも3月2日にロシアですべての商品の販売を停止するとともに、ロシア国営メディアのRTとスプートニクのアプリをロシア以外では見られなくする措置をとった。アップルはロシアによるウクライナ侵略を深く憂慮するという声明を出しており、この措置がアップル独自の経済制裁であることを表明している(NBC News, March 2, 2022)。フォードもロシアでの商用車の合弁事業停止を発表したが、これもロシアの侵攻に抗議したものである。

「日本企業も対露制裁に加われ」の掛け声

ロシア侵攻の影響は日本企業のロシアでの事業にも及んでいる。トヨタはロシアの工場の稼働と日本からの完成車の輸出を3月4日から一時停止すると発表した。ただ、これは部品や完成車のロシアへの輸送に影響が出ているためだとしており、侵攻に抗議した行動であるとは説明していない。ホンダも自動車や二輪車のロシアへの輸出を停止するが、こちらも物流や金融の混乱が原因だとする(『日経クロステック』2022年3月3日)。筆者が新聞などで聞き及んだ限りでは、ロシアに抗議する意思をこめて事業を停止した日本企業はまだないようである。

このような日本企業の慎重な姿勢に対して、3月3日付の『日本経済新聞』は、欧米が政経一体となって脱ロシアを進めているなか、日本が「民主主義を守る闘いに加われるのか、覚悟が問われている」と、日本企業もロシアに対する経済制裁の輪に加わるよう勇ましく煽っている。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

豪中銀、5月会合で利上げも検討 インフレリスク上昇

ビジネス

脳インプラント、米FDAがマスク氏企業に2例目承認

ビジネス

為替円安、今の段階では「マイナス面が懸念される」=

ワールド

中国、台湾総統就任式への日本議員出席に抗議
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 6

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 7

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 10

    「親ロシア派」フィツォ首相の銃撃犯は「親ロシア派…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 7

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 8

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 9

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 10

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story