コラム

経済産業省のお節介がキャッシュレス化の足を引っ張る

2018年09月12日(水)20時00分

marukawa-2.jpg

東京のタクシーでもQRコード決済が始まった。上の写真は、日本交通が導入したJapan Taxi Wallet。キャッシュレスで目的地に着く前に支払いができる(筆者撮影) 下は、Japan Taxi Walletのイメージ動画 JapanTaxi Co.,Ltd./YouTube
 

JapanTaxi Co.,Ltd./YouTube


タクシーでも、大手タクシー会社はもともとクレジットカードや交通系ICカードでの支払いが可能で、最近ではOrigami、アリペイ、ウィーチャットペイといったQRコード決済に対応するタクシーも出てきた。ところが個人タクシーや零細タクシー業者となるといまだに現金以外はお断りというところが多い。

だが、街のラーメン屋や個人タクシーといった場面でこそ、キャッシュレス化のメリットが大きい。例えば、2人だけでやっているようなラーメン屋さんをよく見るが、そこでは調理をする人が現金を扱うことになる。保健所がそういうことは不衛生だからやってはいけないと指導しているはずであるが、この指導は必ずしも守られていない。最近のラーメン屋さんでは自動券売機で食券を買うようになっているので、保健所のご指導もだいぶ行き届いてきたようだが、あいにく高額紙幣しか手元にないときは、それまでチャーシューを切っていたご主人が、脂のギトギトついた手を布巾で拭いて両替に応じてくださる。

少額の支払いでも小銭がいらない

慌ててタクシーに乗って財布を開いたら1万円札と数百円分の硬貨しかなくて困った経験がある人は多いはずである。スーパーやコンビニではどんな金額の買い物であれ、1万円札を出しても何の問題もないが、タクシーだと代金が5000円以下の場合なら必ずといっていいほど「細かいのないんですか」と言われる。「あいにく持ち合わせがないんですが」というと、嫌そうに千円札の束でお釣りをくれる。こういう場合に「ではカードで」というと、もっと嫌そうな顔をされる。

このような街のラーメン屋さんや個人タクシーにおける困惑はキャッシュレス決済によって解消される。飲食店主やタクシー運転手にとってもキャッシュレス化のメリットは大きい。日本は治安がいいといっても、タクシー強盗や深夜営業するお店が強盗に遭う事件はかなり頻繁に起きている。もしタクシーやお店にポケットマネー程度の現金しか置いていないとなれば強盗に襲われる可能性はかなり低くなる。

ではなぜ街のラーメン屋や個人タクシーにキャッシュレス決済が普及しないのだろうか。経済産業省の『キャッシュレス・ビジョン』によれば、お店がクレジットカードを受け付けない理由の第一は、商品の代金から支払いサービス事業者に手数料を差し引かれること、第二は、導入によるメリットを感じられないことである。ICカードを利用した電子マネーを受け付けないのは、支払端末を備えるコストや手数料がやはりネックになっている。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

大和証券Gとかんぽ生命、資産運用分野で資本業務提携

ワールド

インド卸売物価、4月は前年比+1.26% 1年ぶり

ビジネス

米ウーバー、独デリバリー・ヒーローの台湾事業買収 

ワールド

インフレ抑制に「全力尽くす」、引き締め維持=トルコ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 4

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 8

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story