コラム

スエズ運河の座礁事故が浮き彫りにしたコンテナ船の超巨大化リスク

2021年03月29日(月)13時15分

しかし事業は急拡大する。コンテナ船が全盛になる前、在来船(いろいろな種類の貨物を積んだ船)が入港しても接岸できる施設が少ないため沖に停泊し、はしけに貨物は積み替えられ、船と陸との間を行き来していた。第二次大戦後、戦争で使われていた船がタダ同然で払い下げられたため、「混雑した道路より海上を輸送した方が早くて安い」とマクリーンはひらめき、海運会社を買収した。

規格をそろえた「箱(コンテナ)」の中に貨物を入れれば、荷物の積み下ろしがよりスピーディーに、そして安全に、コストは引き下げられると考えた。1956年、払い下げタンカーを改造して、58本の「箱」を積んでニュージャージー州ニューアーク港を出港、ヒューストン港に着いた。「箱」はトレーラーに積み替えられ、各地に運ばれた。これが「コンテナ革命」の幕開けとされる。

超巨大コンテナ船の時代は幕を閉じるのか

超巨大コンテナ船は脱炭素経済を目指す物流の切り札ともされている。主要コンテナ船社で組織する世界海運評議会(WSC)によると、1隻の巨大コンテナ船だけでも1年間に20万本のコンテナを運ぶことができる。TEU、1万1000本を列車に積んだ場合、実に77キロメートルの長さになる。

海運は世界の温室効果ガスの年間排出量の2.7%を占めるものの、コンテナ船が排出する温室効果ガスは大型貨物機の約40分の1、大型トラックの3分の1超に過ぎず、エネルギー効率は鉄道の2.5倍、道路の7倍に達する。

例えばコンテナ船なら、トラックに1トンの貨物を積んで米ダラスからロングビーチ港までの2307キロメートルを運んだ時に排出される温室効果ガスよりも少ない排出量で同じ貨物をオーストラリアのメルボルン港からロングビーチ港の1万2770キロメートルを輸送できる。

独保険会社アリアンツによると、ジョー・バイデン米大統領の1兆9千億ドル(約208兆円)の経済対策で、アメリカ人はコンピューターや家庭用品、衣服など輸入品約3600億ドル分(約39兆4800億円)を購入し、中国の対米輸出は皮肉にも今年から来年にかけ600億ドル(約6兆5800億円)増える可能性があるという。

しかしアメリカの対中貿易赤字が膨らめば、新疆ウイグル自治区のジェノサイド(民族浄化)問題を巡る欧米諸国と中国の対立がさらに深刻化し、世界貿易はさらに停滞する危険性が大きい。そして今回の座礁事故はコンテナ船の超巨大化リスクを顕在化させてしまった。

空に目を向けてみると、大型機のジャンボジェット(ボーイング747)やエアバスA380の時代は終わりを迎えつつある。代わりに長距離でも中型機が主力を担うようになった。コロナ危機で人の移動が制限される中、大型機より中型機の方が損失を分散できることもこの傾向を一気に加速させた。

英紙フィナンシャル・タイムズは早くもコンテナ船をTEU1万5千本クラスにダウンサイズして発注する傾向が見え始めたと指摘している。今後、エバーギブンの離礁作業が手間取り、損失が広がれば、コンテナ船の超巨大化にブレーキがかかる可能性は十分にあると言えそうだ。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=ダウ6連騰、S&Pは横ばい 長期金利

ビジネス

エアビー、第1四半期は増収増益 見通し期待外れで株

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、金利見通しを巡り 円は3日

ビジネス

EXCLUSIVE-米検察、テスラを詐欺の疑いで調
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    習近平が5年ぶり欧州訪問も「地政学的な緊張」は増すばかり

  • 4

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 5

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 6

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 7

    迫り来る「巨大竜巻」から逃げる家族が奇跡的に救出…

  • 8

    イギリスの不法入国者「ルワンダ強制移送計画」に非…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story