コラム

森会長の辞任後も、「差別発言」が日本にもたらす莫大な経済損失

2021年02月17日(水)17時59分

KIM KYUNG HOONーREUTERS

<森元会長の女性蔑視発言について「外国にも差別はある」と考える人は、国際交渉の冷酷な現実が見えていない>

東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(当時)が「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかる」など、女性蔑視の発言をしたことが各方面から批判されている。

政府が男女共同参画を重要政策として掲げる今の日本において、この発言が論外であることは言うまでもないが、森氏に限らずこうした差別発言を行うキーパーソンは多い。そして、一連の発言は日本経済に莫大な追加コストをもたらしている。

「ガラパゴス」という言葉があることからも分かるように、日本社会は海外から隔絶されている面があり、国際交渉における冷酷な利益獲得競争に無頓着な人が多い。こうした発言が問題視されるたび国内では、欧米にも男女差別があるのに、なぜ日本人の発言ばかりが問題視されるのかという批判の声が出てくるが、これはあまりにも純朴過ぎる考え方といってよいだろう。

諸外国にも差別的な価値観を持つ人は存在しているが、公的組織のトップという立場で、堂々とその見解を披露することはまずあり得ない。その理由は、問題の本質がどうあれ、ひとたびこうした発言をすれば、国際交渉の場において格好の餌食になってしまうからである。

今回の件が、仮に森会長の辞任で幕引きにできたとしても、将来、日本が万博など他の国際イベントを誘致すべく活動したり、あるいは別のテーマで国際交渉を行う際、この問題が水面下で蒸し返される可能性は否定できない。

「思っても言うな」という問題ではない

何らかの経済協力の見返りに日本への投票を依頼する交渉の場において、「実は委員の一人に女性差別問題に関心の高い人物がいましてね」などというセリフを吐かれ、暗に追加の金銭的な支援を要求されることは十分に考えられる。

今回の発言に対して各国大使館が相次いで「黙っていないで」など反応しているが、各国は女性差別撤廃という理念だけでこうした行動を取っているのだろうか。確かにそうした面もあるかもしれないが、次の対日交渉を見据えた前哨戦であることも確かだろう。

筆者は「思っていても言わなければよい」などと主張したいわけではない。この問題は国民全員が強い意識を持って対処しなければならないテーマだが、それ以前の話として、政治的、経済的打撃が極めて大きいという現実を主張したいだけである。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

クレディ・スイス、韓国での空売りで3600万ドル制

ビジネス

4月消費者態度指数は1.2ポイント低下の38.3=

ワールド

香港中銀、政策金利据え置き 米FRBに追随

ワールド

米副大統領、フロリダ州の中絶禁止法巡りトランプ氏を
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 10

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story