コラム

イギリス新生児連続殺人、看護師の凶行から目をそらし続けた病院の罪

2023年09月08日(金)14時30分

だから、患者に次ぐ患者が何年にもわたって、同じ医師がちょうど居合わせて治療中で、部屋には他に誰もいない時に限って、偶然にも予期せず患者が死に至る、などという事態はかなり起こり得ないはずだ。シップマンは1998年に有罪判決を受けた。

統計的には疑惑が明らかだったのに

レトビーの事件の場合、病院側は新生児死亡の明らかな急増を把握していたし(それについて会議も行っている)、一定時期に起こった27件の体調急変のうち、他の看護師が同席していたのは3~4回、多くて8回だったのに対して、レトビーは27回も居合わせていた。それでも、この事実は彼女の犯行の「証拠とする」には不十分だ。

もしも統計的な可能性だけで十分な証拠になるのだとしたら、人が落雷を受けることなど確率的には滅多にないのだから起こっていないはずだ、ということになってしまう。でも責任ある組織であれば、このレトビーの偶然の一致は調査が必要と判断するのには十分だ。

警察には、警察官の犯罪を監視する部署がある。人気のテレビ番組のおかげで「ACU(anti-corruption unit、反腐敗ユニット)」という言葉はよく知られている。権力を手にして犯罪を遂行し、システムの「内側」にいるために罪を免れるという絶好の機会を得ようと、警察官の職に就く者がいることは分かっている。

有名なところでは、組織犯罪に取り組むロンドンのエリート部隊「フライング・スクワッド」は、1970年代に数々の汚職に手を染めていた。堕落した警察官たちが、特権を握って最大のもうけを出すことができる立場にうまみをおぼえ、逮捕を見逃すことで裕福なギャングから賄賂を得ていた。この事件で、当時10歳だった僕が学んだ教訓は――「いいヤツとされている人々が必ずしもいいヤツとは限らない」。

警察内部の腐敗との戦いは今も続いており、明らかにまだ不完全だ。とはいえこれに対してNHS内部の態度は、ほとんど「目をそらしている」ように思える。異常を監視できるようなシステムが働いていなかった。問題がどんなに明らかで、同僚の看護師たちがどんなに指摘しても(同僚たちはレトビーと仲が良く、懸念が現実ではないことを願っていたらしい)、病院上層部は看護師が犯罪者になり得るのは避けたがった。言い換えれば、問題を隠ぺいしたがった。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ICC、ネタニヤフ氏とハマス幹部の逮捕状請求 米な

ビジネス

米年内利下げ回数は3回未満、インフレ急速に低下せず

ワールド

イラン大統領ヘリ墜落、原因は不明 「米国は関与せず

ビジネス

FRB副議長、インフレ低下持続か「判断は尚早」 慎
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『悪は存在しない』のあの20分間

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 5

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 6

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル…

  • 10

    「親ロシア派」フィツォ首相の銃撃犯は「親ロシア派…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story