コラム

イギリスで「勝ち組」と「負け組」が明らかになる日

2017年11月30日(木)17時20分

政府の予算案に抗議する労働組合のメンバー Peter Nicholls-REUTERS

<イギリス政府の予算案が示される「バジェットデー」。税控除や公的支援の対象となる「勝ち組」に自分が入れるか、英国民は固唾をのんで見守る>

「バジェット(予算)デー」は、一般のイギリス人が強い関心を持って議会演説に耳を傾ける数少ない機会だ。年に一度、イギリスの国家予算が明らかにされるこの日、新聞各紙もウェブサイトで議会演説の様子をライブ中継するが、仕事中でない人はテレビでそれを見守る。演説が終わると、詳細が分析され、「勝ち組」と「負け組」が明らかになる。

ときには減税がトップの見出しを飾るときもある(特に選挙を間近に控えた時期など)。一方で、増税は大抵、人目につかないように密かに行われる(たとえば、インフレにもかかわらず非課税控除の上限は据え置きする、などの手法で)。前回、財務大臣は、自営業者を対象に国民保険の徴収額を増やそうとした。これには自営業者だけでなく、与党内からもメディアからも非難の声が上がり、結局撤回せざるをえなかった。

喫煙者は常に負け組で、タバコ税は少しずつ上がってきた。タバコは健康によくないので、喫煙者はほぼいつでも増税され続けていて、増税が道徳的だと思ってもらえるかなり珍しいケースになっている。それに比べて酒飲みはここ数年はまだましなほうで、ビール税はわずかな増税か据え置きですんでいる(それでも、他のヨーロッパ諸国に比べれば税率はずっと高い)。

今年、財務大臣はいわゆる「世代間の不公平」に何らかの対処をする予算措置を取るだろうと予想されていた。つまり、僕たちや僕たちより上の世代に比べて恵まれていない若者世代を助けるということだ。でも結局、たいした対策は取られなかったようだ。

目玉策として発表されたのは、初めて家を買う人を対象に、住宅価格が30万ポンド未満の場合は印紙税を免税される、というものだった。つまり理論上は、多ければ5000ポンドまで、住宅購入にかかる費用を節約できることになる。印紙税はローンに組み入れるものではなく、頭金と同時に購入時に払わなければいけないものだから、その意義は大きい。

でも見方を変えてみれば、イギリスでここ7年間に平均的な住宅の価格が5万ポンド以上も値上がりしていることを考えれば、5000ポンドの減税は焼け石に水だ。それに、この政策のせいで、初めて住宅を購入する人に対して、売り手側が値下げ交渉に応じてくれなくなる心配もある。

価格交渉をするのは当たり前のことだが、買う側が政府から数千ポンドの「値引き」をしてもらうとなると、売る側は値下げに乗り気でなくなってしまう。その結果、減税は買い手と売り手の間に溝を生み、税収は減り、既にとてつもなく高い住宅価格はさらに少し押し上げられるだろう。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 8

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story