コラム

障がいがある子の新米お母さんたちへ、今伝えたいこと(前編)

2016年08月01日(月)16時50分

 絶望の淵にいた7年前の私ですが、誰にだったらこの思いを相談できるだろうか、と当時必死に相手を探しました。友人、親、兄弟、専門家。皆頼りになる存在ではありましたが、誰よりも話を聞きたかったのは数年後の自分自身というのが考えに考え抜いた結論です。どうやってこの苦しみから逃れたのか、どう自分の中で折り合いをつけたのか。それも何十年も先に子育てがすっかり終わった自分でなく、数年後の子育て真っ最中の自分に会って話が聞きたいと心底思ったものです。

 ただでさえ障がいを抱えた子供と対面したばかりで混乱をしている時に、今回のような悲惨な事件の表層的な報道に接したら――少なくとも7年前の私であれば戸惑い、途方に暮れ、二重三重に苦しんでいたはず。そこで、かつての私のような新米のお母さんがもしいらしたら、その苦しみを少しでも和らげることが出来ればとの思いから、今回少しわがままを申し上げて、この場を借りることにしました。

 娘は生まれた直後から動脈管の不具合で、酸素が体に行き渡らないような状態でした。あとからわかることではあるのですが、心房中核欠損も見つかり、彼女は翌日すぐに京都の第一日赤に救急搬送(その後、大阪循環器病センターでお世話になり、手術を経て家に戻ったのはその年の年末でした)。私の方は帝王切開で身動きが出来ず、出産した病院から一週間後に退院。自分の腕の中に出産したはずの赤ちゃんがいないまま退院をする人がいること、そんな人たちに思いを寄せるなど自分はこれまで微塵もしたことがなかったのを、得も言われぬ虚しさの中で、まざまざと思い知らされました。

 退院して家に戻ると、当時取り掛かっていた著作である文春新書の編集担当の方から、体調を見ながらでよいので、「はじめに」と「おわりに」を書いて下さいとの依頼が来ていました。娘の病院に通う日々の中で何を書こうか、あれこれ考えていた時にふと思いだしたのが、以前の職場である銀行のディーリング・ルームの仲間内でシマウマとライオンに例えて、相場や相場参加者についてよく語っていたことです。ライオンとシマウマ、弱肉強食。

 自分も所詮シマウマの端くれですが、娘はシマウマの中でも最も弱いシマウマで、あっと言う間に食べられてしまう。そんなことを思うと、本当にやりきれない気持ちになったものです。順番からすれば、私の方が先に世を去ることはわかっています。将来彼女が、道に迷って困っている時、親切な誰かが家の方向を教えてくれるだろうか。お腹を空かせて路頭に迷うようなことがあった時に、おにぎりの1つも恵んでくれる、そんな殊勝な人はいてくれるのだろうか。他力本願、無責任と言われようが、あとは社会にお願いをするしかない。とは言え、娘が安心して生きていけるような確約された将来は一向に見えて来ず、本当に悲しい暗い気持ちにもなりました。

 娘に手を差し伸べてもらうためには、差し出してくれる方が幸せでなければならない。そして、そういう方が一人だけでは無理です。娘が偶然に出会うチャンスが少なすぎます。なるべく多くの方が、つまり社会全体が気持ちにも懐にも余裕がなくては娘のような子供たちは生きていけない、という思いに至り、そう著作にも記しました。

プロフィール

岩本沙弓

経済評論家。大阪経済大学経営学部客員教授。 為替・国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、参議院、学術講演会、政党関連の勉強会、新聞社主催の講演会等にて、国際金融市場における日本の立場を中心に解説。 主な著作に『新・マネー敗戦』(文春新書)他。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの過激衣装にネット騒然

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 10

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story