コラム

民主主義の危機とはなにか?

2021年01月02日(土)10時00分

民主主義の危機とはなにか?

おおまかにまとめるとこうなる。
主としてアメリカによって民主主義は理想的な制度と認識されるようになり、アメリカを中心とする各国が2000年代頭まで振興を続けた結果、世界の主流となった。しかし、その後アメリカは民主主義の振興から手を引き始める。これに前に述べたSNSの普及や中国の台頭、ポピュリストの台頭などが加わり、世界的に民主主義国の数やスコア(民主主義指標)は減少し、2006年以降民主主義の後退が始まった。資本主義が充分に発達し、金融資本主義へと移行し、民主主義に悪影響を与え始めたことも要因のひとつだ。コロナによってさらに後退は加速している。

後退の原因のひとつがアメリカの外交政策の変化にあったこともあり、アメリカの民主主義の再生と対中国政策を中心とする民主主義再生策が提案されることが多い。

ichida1228b.jpg

例外的に、前掲のフランシス・フクヤマ教授らの論考「How to Save Democracy From Technology」では、ミドルウェアによる解決が提案されている。法律によってフェイスブックやグーグルに彼らのデータにアクセスできるAPIの提供を義務づけ、サードパーティー開発のミドルウェアがそのAPIを通して利用者に独自の表示順序、ラベリングなどの編集を行ったうえでコンテンツを提できるようにする。こうするとSNS企業は莫大な利用者の個人情報の独占的利用ができなくなるうえ、利用者との直接の接点を失って優位性がゆらぐというわけだ。SNS企業が民主主義後退のおおきな要因としていることからの発想である。

実際にはもっと考えなければならないことがある。たとえば、今回取り上げたほとんどの資料が民主主義の定義について言及していなかった。正確に言うと、EUの民主主義行動計画のみ具体的な記述があるだけだ。これは非常に奇妙で論理的に破綻している。なぜなら問題の認識と対策には「あるべき状態」あるいは「目標」が不可欠のはずで、それがなければ具体的になにがどう問題なのかわからないし、当然対策も立てられない。

また、SNSの普及はこれらの資料が指摘している以上の影響を与えている可能性がある。金融資本主義から監視資本主義へと移行した場合の影響評価も必要だ。

民主主義に資本主義が悪影響を与えているとして、どちらを優先すべきか、どこまで許容すべきかという問題もある。

網羅的に考慮すべき要因を洗い出し、整理したうえで民主主義のあり方を考える必要がある。おそらくもっとも重要な課題は民主主義の基本理念の見直しであろう。自由、平等、政治参加、公正さといった基本理念は国を超えて共有できる。この基本理念そのものの見直しが迫られている。


プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 6

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 9

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 10

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story