コラム

新型コロナ「万能ワクチン」が開発される 将来の変異株まで対策できる可能性

2023年09月29日(金)22時55分

SARS-CoV-2の電子顕微鏡写真や模式図を見ると、ウイルス表面にたくさんのトゲ(スパイク)のようなものが刺さっていることが分かります。スパイクタンパク質と呼ばれるこの構造は、ウイルスが宿主の細胞に侵入する最初のステップに用いられます。

宿主の抗体の多くはスパイクタンパク質に反応して作られるため、これまでの新型コロナウイルスワクチンの大半はこのタンパク質を標的としてきました。ただし、スパイクタンパク質を構成するアミノ酸の一部は、宿主の免疫システムを回避するために高頻度で変異します。変異が起こると、ウイルスの感染性や病原性、ワクチンの有効性などに影響を与えます。なので、基本的には対応する変異株以外では、期待通りのワクチン効果を得ることは難しくなります。

動物実験で手応え

今回の研究を主導したジョナサン・ヒーニー教授らは、SARS-CoV-2内で、複製に必要で、簡単には変異が起きず、免疫反応を引き起こす可能性のある構造に注目しました。RBD(スパイクタンパク質の受容体結合部位)と呼ばれるこの部位は、ウイルスのスパイクタンパク質が宿主に侵入するときに宿主細胞の受容体(ACE2)に結合する部分です。これまでも2021年に大阪大と日本医療研究開発機構の研究チームが、RBDに対する抗体が作られるとヒトの受容体であるACE2との結合を阻害することによって、新型コロナウイルスの感染を抑えることを報告しています。

ヒーニー教授らは、SARS-CoV-2だけでなく、その類縁ウイルスすべてを防御するワクチンを作成したいと考えました。たとえば、02年に中国を中心にパンデミックを引き起こしたSARS(重症急性呼吸器症候群)の原因ウイルスのSARS-CoV(SARSコロナウイルス) は、SARS-CoV-2の類縁ウイルスです。

新型コロナウイルス、SARSコロナウイルスなどが属するベータコロナウイルス属サルベコウイルス亜属のすべてのウイルスに適用範囲を広げるために、研究チームは合成生物学、タンパク質構造解析、計算生物学、免疫最適化を組み合わせて抗原をデジタル設計し、RBDをベースにして実際に作成しました。

次に、「T2_17」と名付けられた複数のサルべコウイルスを標的とするRBDベースの単一合成抗原は、どのように宿主に送り込めば効果が現れるのかを調べました。DNA免疫原、弱毒化ワクチンを想定した弱毒化ウイルス、mRNAワクチンを作成してマウス、ウサギ、モルモットに投与したところ、いずれも様々なコロナウイルスやSARS-CoV-2の変異株に対して強力な免疫応答を引き起こしたと言います。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

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