コラム

サウジアラビア人社長の日本愛が創る「日本の中東ソフトパワー」

2024年02月16日(金)17時30分

日本とサウジアラビアの共同制作アニメが示す新たな可能性

しかし、上述のジャーニーにはそのような外国臭さが良い意味で少ない。どちからというと、できるだけ日本のアニメの良さを受け止めて、それを良い形で昇華させていきたいという意気込みを感じる作品であった。

その作品性に強い感銘を受けた筆者は、東京・虎ノ門にあるマンガプロダクションズ株式会社を訪ねて、CEOのイサム・ブカーリ氏に取材を申し込むことにした。

 
 

当初、筆者は中東の経営者と面と向かって話す経験は少ないため、一体どのような人物なのだろうか、と若干不安に思っていた。しかし、取材に応じてくれた、ブカーリ氏は柔和な雰囲気の好人物で、私からの突っ込んだ質問についても丁寧に答えてくれた。

実はブカーリ氏のメディア取材記事はネット上に幾つもある。しかし、どれも表面的なものばかりで、筆者が知りたいものとは異なるものばかりだ。

筆者が知りたいことはただ一つ、「なぜサウジアラビアの企業が日本のアニメ作りに限りなく近いテイストの作品を制作することを望んだのか」だ。その理由こそが日本が求めるクールジャパンによるソフトパワーの拡大の要になるポイントになると直感した。

ブカーリ氏の回答は実に明確なものだった。それは「アニメに対する単純な興味関心や営利性ではなく、日本人のより深い部分に着目しているからだ」という回答だった。


watase0216aa.jpg

イサム・ブカーリ マンガプロダクションズ株式会社代表取締役 *筆者撮影

ブカーリ氏は経営者として異色の経歴を持つ。サウジアラビアでは成績優秀な学生はアメリカ留学の道を選ぶという。しかし、ブカーリ氏はアメリカ留学ではなく、あえて早稲田大学理工学部に留学を選択し、その後に同大学で博士号(経営学)まで取得した。その思いは戦後日本の奇跡の復興、その精神性の秘密を学ぶことにあったという。博士号取得後、同氏は同国駐日大使館に勤務、3.11の震災時にも日本で在官していた。多くの国々が震災の影響を懸念し日本から留学生らを避難させる中、彼は「今こそ、日本の強さを知ることができる」と決断し、同国の留学生を日本に引き留め、逆に多くの学生を日本に呼び寄せたという。当時の状況を考えると、この決断は並大抵の苦労ではなかっただろう。

watase0216b.jpg

同社会議スペースにはFFのファンアートも *筆者撮影

その後も、ブカーリ氏の日本の精神性を学ぶ姿勢は徹底していた。マンガプロダクションズ立ち上げ後、同社内ではサウジアラビア人のクリエイターを育成するプロジェクトも開始した。現在、自社でも短編作品の作成などを始めているが、それらを作るサウジアラビア人のクリエイターは必ず日本の大手スタジオで学んだ人間を採用している。ブカーリ氏が日本企業との協業の条件として、自国のクリエイターが日本で学ぶことを求めた結果だ。アニメの作り手を使い捨てにする人材育成ではなく、それらの人々を日本の精神を学んだ人材として重要視しているという。

watase20140216.jpg

ヒジャブを身に付けた女性アニメクリエイター *同社写真提供

プロフィール

渡瀬 裕哉

国際政治アナリスト、早稲田大学招聘研究員
1981年生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。 機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。日米間のビジネスサポートに取り組み、米国共和党保守派と深い関係を有することからTokyo Tea Partyを創設。全米の保守派指導者が集うFREEPACにおいて日本人初の来賓となった。主な著作は『日本人の知らないトランプ再選のシナリオ』(産学社)、『トランプの黒幕 日本人が知らない共和党保守派の正体』(祥伝社)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか』(すばる舎)、『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『2020年大統領選挙後の世界と日本 ”トランプorバイデン”アメリカの選択』(すばる舎)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独プーマ、第1四半期は売上高が予想と一致 年内の受

ビジネス

外貨準備高、4月末は1兆2789億ドル 「外貨証券

ワールド

米下院、ジョンソン議長の解任動議却下 共和党保守強

ビジネス

米マイクロソフト、ナイジェリアの開発センター閉鎖・
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    習近平が5年ぶり欧州訪問も「地政学的な緊張」は増すばかり

  • 4

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 5

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    迫り来る「巨大竜巻」から逃げる家族が奇跡的に救出…

  • 10

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story