コラム

#MeTooムーブメントの火付け役が暴露した、巨大メディアNBCの驚きの陰謀

2019年11月02日(土)18時00分

ローナン・ファローと言えば「セレブ」「天才」といったイメージしかないが…… Danny Moloshok-REUTERS

<ハリウッド大物プロデューサーの性暴力を取材していたローナン・ファローに圧力をかけたのは、驚くことに最初に取材を割り振ってきたNBCだった>

2017年10月は、男性が支配する業界で働いてきたアメリカ人女性にとって、歴史に残る大きな転機となった。

最初は10月5日にニューヨーク・タイムズ紙に掲載された告発記事だった。アカデミー賞受賞作や大ヒット作を数多く産み出してきたハリウッドの大物プロデューサーであるハービー・ワインスティーンが、過去30年に女優や従業員に対して「性暴力」や「セクシャルハラスメント」を行ってきたというものだ。

5日後の10月10日、ローナン・ファローがニューヨーカー誌にさらに踏み込んだ記事を載せた。ワインスティーンが13人に性暴力をふるい、3人をレイプしたという内容だ。ニューヨーク・タイムズの5日の記事には「レイプ」という表現はなかったが、ここでははっきりと「レイプ」という単語が使われていた。

2日後の10月12日、アマゾン・スタジオのトップであるロイ・プライスがセクシャルハラスメントで出勤停止になり、5日後に辞任した。被害者は『The Man in the High Castle(邦題:高い城の男)』のプロデューサーであるイサ・ハケットだが、彼女が告発したのは2年前の2015年のことだった。

10月16日、女優のアリッサ・ミラノは、10月15日に「セクシャルハラスメントや性暴力を受けたことがある人は、『私も(Me Too)』とリプライして」とツイートした。そのリプライに自然発生的にハッシュタグ #MeToo が使われるようになってトレンド入りし、またたく間に世界のソーシャルメディアで広まった。

10月18日、オリンピック金メダリストの元女子体操選手マッケイラ・マロニーが、#MeToo のハッシュタグを使って、13歳のときから元チームドクターのラリー・ナサールに性的虐待を受けていたことをソーシャルメディアで公表した。その後、約150人が同様の体験をしていることを名乗り出た。

これをきっかけに、ハリウッドだけでなく多くの業界の大物たちが次々と告発されていき、報道業界の重鎮であったマーク・ハルペリン、チャーリー・ローズ、マット・ラウアー、ロックハート・スティールなどが職を追われた。ワインスティーンも最初は自分が創業した社から解雇されただけだったが、これまで黙っていた大物女優の多くが被害者として名乗りを上げるようになった。そして、被害者のリストが80人ほどになったとき、ついにハリウッドを追放された。

この運動がアメリカの女性にもたらした恩恵は、沈黙を守ってひとりで苦しみ続けてきた女性にパワーを与えたことと、セクシャルハラスメントやレイプを見過ごして加害者のほうを守ってきた業界の支配階級の男性たちを一掃できたことだった(まだ十分残ってはいるが)。

この大きな流れのきっかけとなるニューヨーカー誌の記事を書いてピューリッツァー賞を受賞したローナン・ファローが、その経緯を『Catch and Kill: Lies, Spies and a Conspiracy to Protect Predators(捕まえて抹殺する:嘘、スパイ、そしてプレデターを守る陰謀)』という本にまとめた。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英外相、ウクライナ訪問 「必要な限り」支援継続を確

ビジネス

米国株式市場=上昇、FOMC消化中 決算・指標を材

ビジネス

NY外為市場=円上昇、一時153円台 前日には介入

ワールド

ロシア抜きのウクライナ和平協議、「意味ない」=ロ大
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 10

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story