コラム

Qアノンは数百万人のユーザーによる「代替現実ゲーム」だった

2021年02月09日(火)19時28分

QAnonのルーツ

2017年秋、インターネット上で規制されていない数少ないフォーラムの1つである「4chan」上に、ユーザーである「Q 」からの断片的な一連のメッセージからQAnon は始まった。

QAnonに、1990年代半ば、イタリアのボローニャを中心に活動していた「ルーサー・ブリセット(Luther Blissett)」と集団で名乗る数百人の匿名左翼作家グループによる、悪戯を情報操作し、既存メディアを撹乱させる手法からの影響があることは、2018年以降、米国のオンラインメディアであるBuzzFeedをはじめ、複数のメディアが報じてきた。

QAnon神話の確かなルーツは、1999年に出版され、匿名作家集団ルーサー・ブリセット・プロジェクト(LBP)のメンバーが共同執筆したイタリアの小説『Q』にたどり着く。小説『Q』は、日本語への翻訳を含め、30カ国以上で出版され、欧州の宗教改革時代を舞台に、「Q」の名で偽情報や陰謀メッセージを広め、時の最高の政治権力と機密情報にアクセスできると主張する秘密工作員の物語だった。

takemura0209_3.jpg

1999年にイタリアで出版され、世界30カ国以上で翻訳されたルーサー・ブリセットによる小説「Q」


小説の「Q」は、ドイツの神学者マルティン・ルターが、「95か条の論題」をヴィッテンベルク大聖堂の扉に貼りだした1517年から、30年間の宗教戦争を終わらせた「アウクスブルクの和議」(1555年)の間に暗躍した。この小説は、多くの破壊的な異端者と教皇主義者との長い対決について語っている。Qは、聖書の名前Qohelet(ヘブライ語で「収集者」)と署名された手紙を送ることによって、虚偽の情報を広めたのだ。

これは、ホワイトハウスの内部事情に精通しているとされる「QAnon」のQの立ち位置と驚くほど類似している。小説の中でのQは、貴族や司教を永久に追放するというプロテスタントの農民戦士たちを扇動して、テューリンゲンでの戦いに臨むが、これはQが仕掛けた罠でもあった。史実では、この戦いで5千人の農民が虐殺された。民主党のリベラルエリートを追放しようとしたQAnonのQが、深層国家との戦いに多くの抗議者を巻き込んだことと重なっていく。

代替現実ゲームとしてのQAnon

QAnonこそ、実は世界を舞台にしたスカベンジャー・ハント(宝探しや謎解きゲーム)であり、「代替現実ゲーム:Alternate Reality Game」(ARG)であると、イタリアのLBPの元メンバーで、ボローニャの作家集団「ウー・ミン(Wu Ming)」のメンバーあるウー・ミン1こと、ロベルト・ブイ(Roberto Bui )が彼らのウェブサイトで指摘した。

ウー・ミンとはLBPの別名で、ウー・ミンは中国語で「無名」を意味する。ウー・ミン1は、LBPの初期のアイデアや活動手法を、QAnonが巧妙に盗用していると強調した。

takemura0209_4.jpg

2001年から2008年にウー・ミンが「公式の肖像画」として使用したイラスト。オープンネームの「ルーサー・ブリセット」とは異なり、「ウー・ミン」は、2000年にボローニャで組織された文学や大衆文化で活躍する「顔のない」5人の作家集団。ウー・ミンとは中国語で「無名」や「5名」を意味する。

ARGとは、コンピュータゲームとグループ・アドベンチャーの中間のジャンルで、1990年代から専門のゲーム産業も存在している。ARGにはパズルや謎が含まれており、プレイヤーはゲーム外にある情報を見つけては、他のプレイヤーと共有することで謎を解決していく。ARGにおけるゲームのプロットは、プレイヤーの日常生活の上に別の現実を構築することで機能する。

ロンドンのゲーム会社Six to StartのCEOで、ARGの設計者であるエイドリアン・ハンは、昨年8月、ニューヨーク・タイムズ誌のインタビュー記事の中で次のように語っていた。「ビデオゲームとは異なり、代替現実ゲームはコンピュータのコンソールでは実行されません。ストーリーテリング・プラットフォームとして<世界>を使用します。特定の媒体はなく、物語はリアルタイムで起こり、世界に偏在しています。そのため、ゲームデザイナーは、ウェブサイト、アプリ、さらには新聞広告などに手がかりやパズルを隠します。それはあなたの周りの世界をゲームに変える、ネットワーク化された宝探しのようなものです」

ポール・マッカートニー死亡説とARG

ARGとして機能していた陰謀神話の初期の例は、1969年、「ポールは死んだ」として出現した都市伝説である。ビートルズのポール・マッカートニーはその3年前の1966年に交通事故で死亡し、影武者と入れ替わったという物語だ。

1969年9月、アメリカの大学生が、ビートルズの楽曲中の歌詞やアルバムの図像の中に、ポール・マッカートニーが死んでいる( Paul is dead )ことを示す証拠が多数あると主張する新聞記事を書いた。以後、熱狂的な証拠探しがはじまり、数週間のうちにこの噂は国際的な現象となった。彼らはマッカートニーの死に関する秘密のメッセージを解読していく。それはまさにARGとなり、世界中に分散化し、自己組織化されたゲームとなったのである。

1969年11月の「ライフ」誌にポール本人のインタビューが掲載されて以降、勢いは衰えたが、こうしたサブカルチャーは今でも存在し、2000年代以降、インターネットを通じて「フェイクニュース」の隆盛を経験している。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は反発、日銀現状維持で一段高 連休前に伸び

ビジネス

ANAHD、今期営業益予想18%減 コロナ支援策の

ビジネス

村田製、発行済み株式の2.33%・800億円を上限

ビジネス

村田製の今期予想、4割の営業増益 スマホ向けなど回
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story