最新記事

生態

営農するアリ「ハキリアリ」、そのシャープな歯は金属製だった

2021年10月8日(金)16時20分
青葉やまと

ハキリアリの歯は人間の歯と違った方法で硬度を高めていた michaklootwijk-iStock

<葉を噛み切って集め、巣に持ち帰ってキノコを栽培。商売道具の鋭い歯は、重金属の原子で覆われている>

人類の定住生活を可能にしたともいわれる農耕は、歴史上で大きな役割を果たしてきた。実はアリのなかにも、一種の栽培業を営む種類がある。中南米に分布するハキリアリだ。

ハキリアリは鋭い歯を使って木の葉を小さく切り取り、地下の巣に持ち帰って菌床をつくる。正確には、餌となるのは私たちが想像するようなキノコではなく、成長前の姿でカビのような見た目をした「菌糸体」だ。いわゆる傘と柄の形となる子実体に成長しないよう適度に刈り取りつつ、菌糸を繁殖させてゆく。

また、まるで専門の農家が優れた肥料を知っているように、菌床に良い栄養分を本能的に理解している。豪科学誌の『コスモス』は、デンマークの学者による研究を紹介している。ハキリアリの好む餌を実験で確かめたところ、菌にとって害となる多量のタンパク質を含む餌を避けて採食することがわかったという。

さらに、人間が温室栽培をするように、ハキリアリの巣の環境はその構造上、菌糸が成長しやすい温度と湿度に保たれている。農業によって作物を栽培すると、長い間にトレードオフが発生する。安定した量を収穫しやすくなる反面、保護下で育てられた作物は、環境の変化に弱くなってしまう。ハキリアリたちは地下の安定した栽培室で菌を守り、優れた栄養を運ぶことで、打たれ弱くなった菌糸を手厚く保護している。

亜鉛コーティングで鋭い切れ味

このようなユニークな生態をもつハキリアリに関して、またひとつ意外な特徴が明らかになった。葉を集めるための歯は営農生活の基本となるが、シャープな切れ味を保つため、亜鉛とマンガンなどによって硬度を高めていることが判明した。その切れ味はステンレスナイフにも匹敵するという。米オレゴン大学物理学部のロバート・スコフィールド博士らが研究によって明らかにし、論文が自然科学分野の学術誌『サイエンティフィック・レポーツ』に9月1日付けで掲載されている。

歯はハキリアリのアゴの内側に並んでいるが、その先端の太さは人間の髪の毛よりも細い。にもかかわらず高い耐久性を確保できているのは、進化の過程で強度のある原子構造を獲得したからだという。先端部分はタンパク質の上を亜鉛原子が均一に網目状に覆っており、根元付近はマンガンで強化されていることがわかった。ほか、サソリやクモなどにも類似の構造が確認された。

FQC387i4H9b0.jpeg

亜鉛(赤で表示)やマンガン(黄橙色)などの金属は、ハキリアリ、毛虫、サソリ、クモにも含まれている (画像クレジット:Robert Schofield、CC BY-ND 4.0)

極小の構造を分析する過程では、相応の苦労があったようだ。米技術解説誌『ポピュラー・サイエンス』によると本研究では、本来は人工的な材料の分析に使用される「アトム・プローブ・トモグラフィー(APT)」と呼ばれる技術が導入された。

アリの歯から原子数個分という極小のサンプルを採取し、これを真空容器に入れて高電界下に置く。すると「電界蒸発」と呼ばれる現象が起き、金属原子がイオンとなって表面から順次飛び出してゆく。この様子を解析し、飛び出した原子の種類、およびサンプル中のどこから飛び出したかを分析することで、元々のサンプルの原子構造を推定した。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

中国、日米欧台の工業用樹脂に反ダンピング調査 最大

ワールド

スロバキア首相銃撃事件、内相が単独犯行でない可能性

ビジネス

独メルセデス、米アラバマ州工場の労働者が労組結成を

ビジネス

中国人民元建て債、4月も海外勢保有拡大 国債は減少
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 7

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 8

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 9

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 10

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中