最新記事

米中対立

もし中国を攻撃するなら事前連絡する...トランプ時代の密約が明らかに

Perilous Authority

2021年9月22日(水)18時21分
フレッド・カプラン(スレート誌コラムニスト)

210928P35_TRP_03.jpg

常に米大統領のそばにある「核のボタン」 JONATHAN ERNSTーREUTERS

スワンの記事によるとミリーと李の会話内容も、ウッドワードとコスタの記述とはやや違う。スワンの情報筋によれば、ミリーの発言は大まかに次のようなものだった。

「もしも戦争になる場合にも、奇襲攻撃は行わず、そちらが先制攻撃を行う理由もない」

これなら、奇襲攻撃について中国に事前警告を約束したことにはならない。スワンの説明が真実ならば、ミリーの対応はまっとうなものだ。

だが、問題はまだある。FOXニュース記者ジェニファー・グリフィンのツイートによれば、ミリーと李の2度の電話には国務省の代表者を含む15人の当局者がテレビ会議で同席し、会議内容の要約が諜報部門などと共有された。

地球を吹き飛ばす権限

この説明から大統領の権限をめぐり、一層大きな問題が浮上する──大統領はどれだけの権力を持つべきなのか。

李がアメリカによる中国攻撃の恐れを懸念し、ミリーがその可能性を認めた会話を十数人の当局者が聞いていたのなら、彼らの一部はミリーと同じく、トランプが制御不能になって中国を攻撃しかねないと懸念していたことを意味するのではないか。

もしそうなら、彼らは大統領が職務遂行能力を失った場合について定めた憲法修正第25条の規定を発動するか、少なくとも発動を真剣に検討すべきだった。当局者がそうせずに現状維持を選んだという事実こそ、憂慮されるべきだ。

17年、共和党が多数派だった上院外交委員会が、核攻撃を開始する大統領権限の制限について公聴会を開いた。トランプが国家安全保障上の利益に沿わない核攻撃を命じる可能性を想定したものだった。

ここで問題になるのが、前述の大統領権限だ。米大統領は核攻撃の開始について独占的な権限を持つが、これは大統領が正気だという前提に基づいている。

だが、この前提は憲法の精神に合致していない。アメリカの建国の父たちは、連邦政府に立法・行政・司法の3部門を設け、各部門にある程度の拒否権を与えた。やがて大統領に専制君主が選出される事態を恐れたからだ。

建国の時代に核兵器が存在していたら、アメリカ建国の父たちは大統領の権限を制限していたかもしれない。だが、実際には制限が課されることはなかった。そして核兵器誕生から70年以上に及ぶ歴史の中で、その他のあらゆる絶対的権限を阻止しようとした建国の父たちの意図をくんで、地球を吹き飛ばす絶対的権限を大統領から取り上げようとした者は、一人もいなかった。

核管理に関して行われた2度の公聴会(1度目はニクソン政権時代、2度目はトランプ政権の初期)は、問題と危険をはっきり認識しながらも、何も手を打つことはなかった。ミリーが作戦指令室で行った会議と、彼と李との電話会談で本当は何があったのかは分からない。だが次に暴君が権力の座に就く前に、この大きな問題を解決すべきだ。

©2021 The Slate Group

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、対イスラエル弾薬供給一時停止 ラファ侵攻計画踏

ビジネス

4月末の外貨準備高は1兆2789億ドル=財務省

ビジネス

中国製「つながる車」、禁輸も選択肢と米商務長官 安

ワールド

OPECプラス、6月会合で増産の可能性低い=ゴール
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    習近平が5年ぶり欧州訪問も「地政学的な緊張」は増すばかり

  • 4

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 5

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 6

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 7

    迫り来る「巨大竜巻」から逃げる家族が奇跡的に救出…

  • 8

    イギリスの不法入国者「ルワンダ強制移送計画」に非…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中