最新記事

新型コロナウイルス

所得格差と経済成長の関係──再配分政策が及ぼす経済的影響

2021年9月13日(月)14時28分
鈴木 智也(ニッセイ基礎研究所)

2つ目の「実体経済における業種間格差」は、今般のコロナ禍特有の格差である。[図表2]は、2019年第1四半期の営業利益水準を100として、業種別に営業利益水準の変化を見たものである。感染拡大初期(2020年第2四半期)には、人流抑制があらゆる産業の経済活動を停滞させたが、ウイルスへの理解が進み、ワクチン接種も加速して来たことで、企業業績はコロナ以前の水準を回復しつつある。ただ、業種別に見ると、置かれた状況には違いがある。海外経済の持ち直しを受けて製造業は業績が回復する一方、人の移動や対面サービスの提供が限られる輸送業やサービス業は、業績の回復が進んでいない。リーマンショックの際には、海外依存度の高い産業ほど影響を強く受けたが、今般のコロナ禍では、生活娯楽関連サービスへの影響が大きかったことを示している。

nissei20210909185001.jpg

2|コロナ禍で見られる非対称な影響

これら2つの回復格差は、所得環境の差として個人に投影される。国税庁の「申告所得税標本調査」に基づく資料によると、合計所得額に占める金融所得の割合は、合計所得階級が上がるほど高い傾向にあり、高所得者層ほど景気回復局面での恩恵は大きいと言える[図表3]。また、総務省の「労働力調査」からは、非正規雇用者比率の高い産業と、コロナ禍で影響を受けやすい産業が重なっていることが分かる[図表4]。非正規雇用者のうちおよそ7割は女性であり、2割程度を65歳以上の高齢者が占めている。職業能力形成機会が限られる非正規雇用者は、その大多数が未熟練労働者であり、相対的な所得は低くなっている。今般のコロナ禍では、非正規雇用者など社会的に脆弱な層に打撃が及ぶ一方、資本市場の回復による恩恵の多くは高所得者層に及んだと考えられる。この状況に対して政府は、雇用調整助成金や緊急小口資金、総合支援金などの様々な対策を打ち出しており、ここで見られる回復格差ほどには、所得格差が拡大していない可能性はある。しかし、所得階層で置かれた状況は真逆であり、「K字型」回復による2極化が所得格差を拡大させる方向にあることは、間違いないと言えるのではないだろうか。

nissei20210909185002.jpg

3――経済学的な視点で見る所得格差

経済学には、経済成長と所得格差の関係を説明した理論が複数ある。それぞれ前提とする条件や経済思想、イデオロギーなどが異なるため、結果が対立したものも少なくない。そのため、万人が納得できるコンセンサスは、形成されていないというのが現状だろう。ただ、世の中の賃金や所得の分配に対する規範的な考え方が変わる中、両者の関係を語る論調には変化も生じている。ここでは、両者の関係を説明する主な理論や見解などを整理し、近年見られた論調の変化について事例を紹介する。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦力増強を指示 戦術誘導弾の実

ビジネス

アングル:中国の住宅買い換えキャンペーン、中古物件

ワールド

アフガン中部で銃撃、外国人ら4人死亡 3人はスペイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 10

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中