最新記事

法からのぞく日本社会

マンション建設で花火を見られなくなったら、慰謝料をいくらもらえる?

2017年8月4日(金)17時15分
長嶺超輝(ライター)

ranckreporter-iStock.

<「自室から打ち上げ花火を見られる眺望が売り」と言われて買った高層マンション。もしも同じ建設会社が眺望を遮る別のマンションを建設したら?>

夏本番である。今年は、全国で約1000の花火大会が開催される予定らしい(KADOKAWA『ウォーカープラス』より)。どの街でも、大会の開催日は、人でごった返し、交通渋滞が発生し、眺めがいい周辺の飲食店は軒並み満席となってしまう。

そのような年に1度の機会に、自宅の窓やベランダから打ち上げ花火を見ることができる近隣住民はラッキーだ。人混みの中へ出かけていく必要もなく、わが家こそが誰にも邪魔されない「特等席」となる。友人や知人、親戚を招いて、楽しみを提供する社交のチャンスもできる。

では、近くで新たに建物が建ってしまったせいで、花火大会の日に自宅から打ち上げ花火を見られなくなった場合、その住人は精神的苦痛に基づく慰謝料を求めることはできるだろうか。

「花火を自宅から観覧できる眺望の利益」が、法的保護に値するかどうかが争われた裁判がある。

ある経営者夫婦が、取引先の接待のため、都内の新築マンションの1室を購入した。このマンションの部屋から隅田川花火大会の花火を見られることが売りで、マンション購入の際も営業担当者とその話題になっていた。しかし、花火の観覧を契約上補償した事実はなかった。

すると間もなく、近隣に別のマンションが建設されたため、夫婦が購入して以来、部屋から打ち上げ花火が見える機会は一度もなくなってしまった。眺望を遮ったマンションを建設したのは、よりによって、夫婦が購入したマンションの建設会社と同じ会社だった。

眺望が遮られた住人に、建設会社は「お詫び金」として5~10万円を支払ったが、夫婦の怒りは収まらず、資産価値の低下や精神的苦痛を理由とした損害賠償・慰謝料を請求したのである。

「誠実に眺望を確保する義務を怠った」で慰謝料60万円

2006年12月8日、東京地方裁判所は建設会社に対し、60万円の慰謝料を夫婦へ支払うよう命じた。

夫婦が、隅田川花火大会の観覧と取引先接待を目的にマンションの一室を購入していたことを、マンションの売り主は知っていたので、それにもかかわらず、わずか1年も経たないうちに、あえて眺望を妨げる形でマンションを建設したことは、信義に従い誠実に眺望を確保する義務を怠っていたと言え、賠償しなければならない――というわけだ。

ただし、花火が見えなくなったとしても、マンションの利用価値は全く失われたわけではないし、東京の都心部であることから、被告建設会社でなくても、いずれ他の建設会社が眺望を妨げるような建造物を建てていた可能性は容易に想定できるとして、それほど高額な賠償は認定されなかった。

【参考記事】アメリカの「独立記念日」が「花火とBBQだけ」である理由とは?

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

中国碧桂園、清算審理が延期 香港裁判所で来月11日

ワールド

米声優、AI企業を提訴 声を無断使用か

ワールド

フィリピン中銀、タカ派スタンス弱めればペソに下押し

ビジネス

適正な為替レート、「110─120円台」が半数=帝
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 6

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 7

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 8

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 9

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 10

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中