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亡き娘にもう一度会いたい──死者にVRで再会する番組の波紋

Virtual Reality, Real Grief

2020年07月02日(木)16時55分
バイオレット・キム(スレート誌記者)


番組のクライマックスで、VRの機器を装着した母チャン・チソンが、スタジオで緑色のスクリーンに囲まれている。家族も見守っているスタジオの様子と、チソンがヘッドセットで見ている映像と、彼女がVRの娘ナヨンと話をする合成映像が、交互に映し出される。

途中で母親の(VRの)手が(VRの)娘に触れて、2人は死後の世界へと飛んでいく。誕生日のケーキと、ナヨンが好きだった食事が並ぶテーブル。ナヨンはもう苦しくないと話し、「ママ、大好き」と言って眠りに落ちる。

母と娘の会話は純粋な双方向ではなく、広い意味での脚本に沿っている。「私の心の中にいるナヨンとは、かなり違いました」と、チソンはドキュメンタリーの中で語っている。「彼女が遠くにいて、走ったりしているときは、娘の面影を感じました」

とはいえ、チソンが経験した感情の質が損なわれるわけではない。VRのナヨンが自分娘でないことは彼女も理解しているが、娘を失った苦しみは本物だ。

このドキュメンタリーの監督でプロデューサーのキム・チョンウによると、今回のVRが双方向というより用意された構成に沿っている理由は、予算と技術的な制約だった。

「小さな双方向はある。例えば、手を伸ばしたり、VRのナヨンの髪をなでたりすると、向こうも手を伸ばしたり、頭を傾けたり、表情が変わったりする。このような反応の全てが、より没入感のある体験に結び付く」

特別な癒やしは求めない

没入感を生み出したのは、技術の力だけではない。VRでよりリアルな声やしぐさを追求する一方で、制作チームは母親が何を望んでいるのかを理解するために、彼女と話し合いを重ねた。「2人が空を飛ぶアイデアは、家族との会話からひらめいた」と、キムは言う。「彼らはときどき空を見上げて、ナヨンと話をするそうだ」

このようなノンフィクションのVRプロジェクトには、倫理的な問題が付いて回る。特に、今回のように死んだ子供本人の同意を得られないまま3次元で描くと、死者をアバターとしてよみがえらせることの倫理的な曖昧さや、VRで表現するために必要な個人データの収集と処理に関する環境の不備といった疑問が生じる。

VR体験がチソンの心と体にトラウマを残す可能性を考慮して、制作チームは家族のセラピストに話を聞き、チソンと家族に長時間インタビューをしながら準備をした。

「誰かを分析するとか、癒やそうとか、そういうつもりはなかった。娘にもう一度会いたいという母親の願いをかなえる、その本来の目的だけを考えた」と、キムは言う。

VRは兵士のPTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療にも使われている。乗り物酔いのような「VR酔い」をストーリーテリングが補う効果や、VRが出産時の痛みの緩和に役立つことを示す研究もある。つまり、VRはストーリーの受け皿にも、ストーリーテリングのツールにもなり得るのだろう。

『ミーティング・ユー』は技術おたくが死を否定するための不気味な解決策ではなく、死と向き合って受け入れるための創造的な媒体としてのVRの可能性を示した(その点は書籍や絵画によく似ている)。だからこそ創造の過程で、さまざまな意味に解釈されるという厄介さから逃れることはできないが。

© 2020, The Slate Group


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