最新記事

量子コンピューター

グーグル「シカモア」、中国「九章」 量子コンピューターの最前線を追う

A QUANTUM LEAP

2021年2月13日(土)17時35分
フレッド・グタール(本誌サイエンス担当)

マーティニスはこの問題に何年も取り組み、さまざまな試行錯誤の末に、1つのコンピューターで複数の量子ビットを同時に動かすタスクに着目。最終的にグーグルとの協業にたどり着き、2019年のデモで使用された「シカモア」の開発をスタートさせた。

54の量子ビットを搭載するプロセッサーである「シカモア」は、絶対零度近くに冷却された状態でカリフォルニア州サンタバーバラ郡にあるグーグル研究所の一室に保管されている。室内には微弱なマイクロ波が放射され、これが量子ビットを「刺激」しコンピューターを動作させる。

マーティニスら量子技術者にとって大きな問題は、どうやって演算の実行に必要な時間の間、量子ビットをそのままの状態に保つかだ。

magSR20210213aquantumleap-7.jpg

量子ビットの「重ね合わせ」のイメージ図 CIPHOTOS/ISTOCK

量子ビットが同時に0と1の両方になれる「重ね合わせ」の性質は量子コンピューターの動作に不可欠な要素だが、わずかな「揺らぎ」があるだけで量子ビットは1または0に決定してしまい、微妙な「量子もつれ」のシステム全体を崩壊させかねない。

極端な低温に冷却していても、量子ビットはすぐに「壊れて」しまい、多くの演算がエラーになるという厄介な性質がある。量子コンピューターの開発だけでも十分に難しいが、エラーのない量子コンピューターを作るのは今のところ技術者にとって夢のまた夢だ。

「量子ビットに演算をさせている間も、『重ね合わせ』と『量子もつれ』を維持したい」と、グーグルやその他の量子技術者と共同研究を行っている米テキサス大学オースティン校のスコット・アーロンソン教授(コンピューター科学)は言う。

「問題は量子ビットが非常に壊れやすいことだ。量子ビットが0か1かの情報が『外部に漏れる』と、すぐにシステム全体が崩壊してしまう。この『ノイズ性』が量子コンピューターを作る上での根本的課題だ」

グーグルと中国の量子コンピューターの場合、テスト方法を考案すること自体が難題だった。従来のコンピューターでは常識的な時間内に演算不可能な問題を、量子コンピューターに解かせる際にどうやって結果の正しさを確認するのか。

最も簡単な方法は、暗号化されたメッセージにショアのアルゴリズムを使うことだ。メッセージを解読できれば、量子コンピューターがきちんと動いたことが分かる。だがショアのアルゴリズムは、現段階の量子コンピューターには難し過ぎた。

2011年、アーロンソンらは光子のような素粒子が障害物で跳ね返ったときにどのように振る舞うかを予測する「ボソン・サンプリング」のアイデアを考案した。

これには量子力学に基づく多くの演算が必要になるため、古典コンピューターには難しい問題だが、量子コンピューターはそもそも量子力学に基づいて設計されているので、この種の演算は朝飯前のはずだ。

さらにアーロンソンは、古典コンピューターで問題を解かなくても統計的に結果を確認する方法も考案した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国企業、28年までに宇宙旅行ビジネス始動へ

ワールド

焦点:笛吹けど踊らぬ中国の住宅開発融資、不動産不況

ワールド

中国人民銀、住宅ローン金利と頭金比率の引き下げを発

ワールド

米の低炭素エネルギー投資1兆ドル減、トランプ氏勝利
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中