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中国の金融監督当局を激怒させたジャック・マー アント上場延期は舌禍が招いた

2020年11月10日(火)11時00分

中国杭州市のアント・グループ本社で撮影(2020年 ロイター/Aly Song)

中国電子商取引最大手アリババグループ<9988.HK>創業者の馬雲(ジャック・マー)氏にとって、まさに「口は災いのもと」を痛感すべき結果になった。

中国の起業家として最も華やかな存在である馬氏は10月24日、銀行界の大物や金融監督当局や政府の要人が出席した上海の会合で、監督当局や銀行を公然と批判。国内の金融規制が技術革新の足を引っ張っており、経済成長を高めるなら改革がなされねばならないと主張。中国の銀行はまるで「質屋」程度の感覚で営業していると率直に意見した。

だが、この発言がきっかけとなり、最終的にはアリババ傘下の電子決済サービス「アリペイ」を運営するアント・グループの上場が一時延期される事態へと発展したと、ロイターが取材した政府当局者や企業幹部、投資家らは口をそろえる。


それによると、馬氏が批判を浴びせた金融監督当局や共産党幹部らは感情を害し、同氏が一代で築き上げた「金融帝国」の頭を抑える作業に乗り出した。そのハイライトが3日発表されたアントの上場延期だった。予定ではアントは5日に上海と香港で新規株式公開(IPO)を実施し、370億ドル(約3兆8300億円)を調達することになっていた。

馬氏は自分の言葉がどんな影響を及ぼし得るかきちんと認識していなかったかもしれないが、2人の関係者の話では、馬氏に近い人々は用意されたスピーチの内容を事前に知って困惑し、金融監督当局のお偉方が来場する以上、もっと穏当な内容にすべきだと提案していた。ところが馬氏はそれを断り、自分は言いたいことを言えるはずだと信じている様子だったという。

関係者の1人は「ジャックはジャックだ。思いの丈を口にしたかっただけだ」と話して馬氏の気持ちを代弁した。

しかし、これは馬氏の計算違いだった。そして、とんでもなく大きな代償が同氏を待ち受けていた。

複数の当局高官は馬氏の批判に憤激し、「顔面をひっぱたかれた」ような発言だったという怒りの声もあったという。

関係者2人によると、規制当局は、アントがオンライン融資サービス「花唄(Huabei)」を含むデジタル金融商品を使って、若者や貧困層に借金の拡大を促してきたなどと記した報告書の作成に着手した。一方で国務院弁公庁は、馬氏の発言に対する「一般国民の見方」を報告書にまとめ、習近平国家主席ら政治指導部に提出した。その中には馬氏と彼の発言に世論は否定的だとした報告もあったという。

政治指導部は、この問題への関与を強め、アントの事業活動を徹底調査するよう指示した。これがIPO延期につながったというのだ。

関係者6人によると、アントのIPO手続きが近く再開される可能性は低い。規制当局が同社の監視強化を狙っているためだという。関係者2人は、少なくとも2-3カ月は上場実施は見通せないとした。

馬氏の事業に厳しい視線

IPOで純資産が最低でも270億ドル増えるはずだった馬氏にとって、こうした事態は予想もしないつまずきだった。

大方の規制当局は長い間、馬氏の自由な行動を容認してきた。関係者5人によれば、それは同氏が一部の政府高官と親しいからだが、また同氏の成功を中国が世界に誇れるという面もあった。

およそ5年前、中国人民銀行(中央銀行)がアントの決済サービスとウエルス・マネジメント事業を規制しようとした際、馬氏は人民銀などとの話し合いでらちが明かないとみるや、彼らの頭越しに中央政府に直談判。人民銀は結局、規制計画を取り下げた。

しかし規制当局筋は、今年10月24日の発言に関して、馬氏が政府の優先順位が変わったことを正しく判断できておらず、金融監督当局に異議を唱えても中央政府が後ろ盾になってくれるとまだ信じていたと指摘する。

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