コラム

憲法に基づく「トランプ公職追放」論が急浮上、その論点は?

2023年09月20日(水)14時15分

そんな中で、1月のアイオワ州、2月のニューハンプシャー州(いずれも共和党の日程)辺りを目指して、その予備選の投票用紙からトランプを排除するという動きが既に始まっています。そんな中で、現時点で言われているのは。「この問題は直ちに連邦最高裁判所の憲法判断」を必要とするという考え方です。

そこで問題になるのが、連邦最高裁の判事構成です。現在は、保守6名、リベラル3名となっており、表面的には保守派が有利に見えます。過去にさかのぼって、大統領選の結果に最高裁が関与した例としては、2000年のブッシュ対ゴアによる「フロリダ再集計」があります。あの時は、保守対リベラルのラインに従った4対4の評決になり、中間派のオコーナー判事が1票を投じたことで、「ジョージ・W・ブッシュ大統領」が誕生しました。

では、今回は6対3なので、トランプ有利かというと、実は「全くわからない」という説が多く囁かれています。まず、リベラルの3名(ソトマイヨール判事、ケリガン判事、ジャクソン判事)はブレがないと見ていいでしょう。

問題は保守の6名です。その中のトーマス判事とアリトー判事の2名は、ブレない保守派とみなされています。その一方で、ロバーツ最高裁長官は、かなり以前から保守派の判事というよりも、歴史に名前が残ることを意識していると思われます。つまり、保守派というよりも中間派として評決に加わることが多くなっているのです。

ですから、長い歴史の中で、この判断がどのように記憶されていくのか、ロバーツ長官の判断は難しいところです。「明らかな反乱の責任を指摘して公職追放したことで、民主主義を救った」とされるのか、「危険な人物を追放することが出来ずに、大統領に再選させてアメリカ史の混乱を招いた」とされるのか、あるいは「あくまで国民に判断を委ねた結果、国の方向を安定させた」という評価になるのか、選挙結果を見通しつつ、投票用紙に残すべきか追放すべきか、長官のキャリアの中でも大きな判断になるでしょう。何よりも純粋な法理論として憲法をどう解釈するか、専門家としての高度な判断が求められます。

注目される保守系判事の動向

興味深いのは、残りの3名(ゴーセッチ判事、カバナー判事、バレット判事)は、トランプが指名した判事だということです。では、極端なポピュリズムに迎合する人物なのかというと、そうではありません。保守的ですが、判事として法学者としてエリート中のエリートの中から選ばれた人々です。

この3名に関しては、最高裁判事候補に指名してもらった恩に報いるという動機はあるかもしれません。トランプの側は、それを強く期待していると思います。ですが、仮にトランプの歴史的評価が最悪になっていった場合は、トランプに指名され、トランプを助けたということになると、米司法の歴史において、この3名は永久に汚名を背負うことになります。

ということは、ロバーツ長官とはまた別の意味で、「ここでトランプを葬った方が、自分の長い歴史的評価には有利」という判断もあり得るのです。また、まだこの3名は50代ですので、今後20年以上最高裁判事の地位に留まる可能性があります。その長い年月にわたって、最高裁判事としての権威を保つにはどちらが良いのか、悩みは深いと思います。

1つ懸念されているのは、仮に最高裁が「トランプは公職追放」という判決を下した場合に、トランプ派の一部が過激な暴力行動に走るという可能性です。そうした事態を回避するということも、アメリカの民主主義を守るためには欠かせません。そんなわけで、2024年の大統領選へ向けて、この「憲法修正14条(第3項)」は、いずれ大きな問題になる可能性が濃厚です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ノババックス、サノフィとコロナワクチンのライセンス

ビジネス

中国高級EVのジーカー、米上場初日は約35%急騰

ワールド

トランプ氏、ヘイリー氏を副大統領候補に検討との報道

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、3週連続減少=ベーカー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 7

    ウクライナの水上攻撃ドローン「マグラV5」がロシア…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story