コラム

アトランタ銃撃事件が、アジア系へのヘイトクライムを誘発する?

2021年03月19日(金)15時40分

では、この事件は「ヘイトクライム」ではないのか、というと問題はそう単純ではありません。事件の衝撃が全米に広がる中で、様々な指摘や議論が始まっています。

1つは、多くのアジア系女性が殺害されたこの事件が、模倣犯を誘発する可能性です。各地の警察やFBIがアジア系へのヘイトクライムに対して、より警戒を強めているのは当然と言えます。

2つ目は、アジア系のコミュニティーにとっては、明らかに「アジアン・スパ」が狙われて、そこで6人のアジア系女性が殺害されたというのは、大変な恐怖だということです。そもそも2020年の春以来、ヘイトの標的となってきたなかで、この事件はその恐怖に重なる形で発生したことは無視できません。従って、人種に対する攻撃という受け止め方は当然とも言えます。緊急声明を出したバイデン大統領、ハリス副大統領は基本的にこの立場です。

人種偏見の犠牲者?

3つ目は、アジア系の女性が、ルッキズムやセクシズムのターゲットとなっているという問題提起です。例えば、この「アジアン・スパ」という存在はその象徴であるというのです。つまり、今回の襲撃の背景には、アジア系の女性一般が、白人男性の性的な欲望の対象にされているという構造があるという指摘です。

2020年に再度活発となったBLM運動を通じて、人種差別とは何かという原則論の議論が進んでいます。例えば、白人警官が黒人男性に激しい暴力を振るうのは、「黒人男性は屈強なので怖い、拳銃を奪われたらおしまいだ」という人種偏見に基づく、構造的な人種差別の結果だという理解です。

同じように、アジア系の女性に対して、白人男性の間に一定程度の広がりをもって、一方的に性的対象にしたいとか、男尊女卑的な姿勢に従順だ、といった偏見が広がっているのであれば、それも構造的な人種差別だという考え方です。6人のアジア系女性は、その犠牲となったということです。

こうした観点に加えて、2020年以来のアジア系に対するヘイトクライムの中で、アジア系の女性は反撃してこない、とか、男性が脅せば言うことを聞くといった、人種全般に対するステレオタイプな見方が、暴力の背景にあるという仮説を立てるなら、今回の事件は一連のアジア系へのヘイトと結び付けて考えられるし、そうすべきだという議論も出てきています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:最高値のビットコイン、環境負荷論争も白熱

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 

ビジネス

米地銀リパブリック・ファーストが公的管理下に、同業
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ」「ゲーム」「へのへのもへじ」

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 6

    走行中なのに運転手を殴打、バスは建物に衝突...衝撃…

  • 7

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 8

    ロシア黒海艦隊「最古の艦艇」がウクライナ軍による…

  • 9

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story