コラム

トランプ弾劾に立ちはだかる「上院3分の2以上が賛成」の壁

2021年02月09日(火)19時30分

弾劾の可決には上院議員100人のうち67人の賛成票が必要だが U.S. Senate TV/REUTERS

<退任後の大統領への弾劾裁判は「違憲」という決議に上院議員の45人が賛成票を投じている現状では、弾劾が可決する可能性は低い>

トランプ前大統領に関しては、退任間際の1月6日に発生した議事堂乱入事件の際に、暴徒となった自分の支持者に対して事件の直前に「議事堂へ進め」「戦え」と煽った事実は動かせないものがあります。これを受けて連邦下院は、「反乱の扇動」という容疑による弾劾案を1月13日に可決しました。

弾劾案は上院に送られましたが、その後は動きが止まっており、その間にトランプは大統領を退任してフロリダに去り、バイデン新大統領の就任式が行われました。上院では、新閣僚の承認プロセスが優先されていたのですが、上院としては2月9日から弾劾裁判を行うとして、ようやく動き出しました。

まず、民主党と共和党の間で、審議の進行に関する協議が行われました。そして、下院を代表して弾劾を進める側の弁論と、トランプ側の弁護人によるディフェンスの弁論の双方に16時間ずつの持ち時間を与えることで合意がされました。

そうではあるのですが、事実上この弾劾裁判の結果については「否決=無罪」という決定になる可能性が濃厚です。というのは、「退任後の大統領を弾劾するのは違憲」という決議に、共和党の上院議員45人が賛成しているからです。

双方に16時間ずつの持ち時間

つまりこの45人は今回の弾劾裁判そのものを認めていないのです。ということは、弾劾賛成に回る可能性はないものと考えられます。そうならば、定数100人の上院にあって弾劾への賛成票を67人以上獲得するのは難しいわけです。弾劾成立の可能性が低いというのはそういうことです。

では、共和党としては、弾劾を「アッサリ否決」して政治的に勝利できる、あるいはトランプ派の支持をつなぎ止めることができるのかというと、そう簡単ではありません。

とりあえず16時間ずつの持ち分というのは、過去の前例や議会日程などから常識的に判断して合意したわけですが、共和党は自分たちの、つまりトランプ弁護団の側の16時間をどう使うのかというと、これはあくまで「この弾劾裁判が違憲である」という主張で埋め尽くしたいことのようです。事件の蒸し返しは避けて、とにかく弾劾裁判が成立しないと主張して乗り切ろうというわけです。

そこで問題になるのが、本当に違憲なのかということです。これには諸説あります。憲法にはこうした「退任後の大統領への弾劾」という規定はありません。ですが、退任した議員などの弾劾ということでは数例があります。また、元来は訴追されないということになっている大統領が、任期切れの直前に国家に背いた場合など、その責任を問うことができなくなるのは法律の「抜け穴」になるという理由で、退任後の大統領も「弾劾できる」という意見もあります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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