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日本人の英語が上手くならない理由 『日本人の英語』著者が斬る30年間の変遷

CHANGES OVER THREE DECADES

2019年05月22日(水)16時10分
マーク・ピーターセン(金沢星稜大学人文学部教授、明治大学名誉教授)

日本の教科書の英文は必要以上にシンプルになってきている Alashi/iStock.

<学校では英文読解より英会話に力を入れているが、貧困な文法と語彙では片言の会話しかできるようにならない>

編集部から受けた、「この30年で日本人の英語はどのように変わったか」という質問と矛盾するようだが、いわゆる「日本人の英語」がいかに変わっていないかということについて少し考えてみたい。私の実感では、英語が実際に必要だから、または純粋に英語が大好きだからという理由で、自分から進んで練習した結果、十分な英語力を身に付けてきた日本人の比率は常に1割程度だ。1割というと少なく感じるかもしれないが、それでも現在の日本で現実に求められているニーズはだいたい満たしていると思う。

私は、31年前の1988年に出版された著書『日本人の英語』(岩波新書)がきっかけで、「なぜ日本人は英語が下手なのか」というタイトルのシンポジウムに呼ばれたことがあるが、私と同席した3人のパネラーは、皮肉なことに、英語が驚くほど流暢な日本人だった。まるで「なぜ日本人は野球が下手なのか」というシンポジウムに松井秀喜とイチローと大谷翔平を招いた感じだったのだ。

もちろん、多くの日本人が「なぜ日本人は~ができないのか」というような演題が大好きだということはよく理解できる。しかし、わざわざ議論するなら、英語が下手な人を呼んで「なぜ下手なままなのか」というテーマにしたほうがはるかに建設的だろう。ただ、その問いへの答えは「うまくなるような練習はしていないからだ。それ以上でも以下でもない」に決まっているので、あまり意味はないが。

それはさておき、「どのように変わったか」という問題に関して、まず、私が教員として関わってきた大学の英語入試問題の採点結果を振り返ってみたい。出来が最もよかったのが、90年代前半の団塊ジュニアの受験生たちだ(受験者数も最大だった)。その後、とりわけ2000年代に入ってからは、毎年私たちがどんなに問題をやさしくしようと努めても、採点結果は悪くなる一方だった。何より印象的だったのは、以前は受験生の平均点が一番よかった「英文和訳」が逆に最も出来が悪い問題になったことである。0点が圧倒的に多くなってしまった。つまり、普通の英文が読めない受験生が圧倒的に増えてきたのだ。

必要以上にシンプルな教科書

ありがたいことに、よい変化も見られる。大学の授業で感じるのは、例えば、30年前に比べて現在の日本人の若者のほうが英語の音声に対して敏感になり、発音と聞き取りはよくなっていることだ。あるいは、以前であれば教室でよく見られた、羞恥心と間違いへの恐れから沈黙が続くという光景もほとんどなくなっている。むしろ、積極的に「しゃべってみたい」という学生が増えているのだ。

ただし、その代わりと言うべきか、英文の読み書きが明らかにできなくなってきており、これが採点結果の悪化に結び付いている。この現象が、現在の学校英語において簡単な会話の習得に力点が置かれているせいなのかは定かではないが、大学生が授業で書く英作文の出来から判断すれば、原因はそこにあるのではと疑ってしまう。

また、非常に残念なことに、中学・高校で使われている英語教科書に載っている英文も必要以上にシンプルになってきている。基本的文法を学ぶ時間が減り、単純化された英語にしか触れていないことで、読解力がずいぶん下がっているようだ。さらに言えば、30年くらい前から萌芽が見られた「語彙の貧困」という問題が、一層深刻になっていることも確かである。

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