コラム

「世界一の親イスラエル国」なのに、イスラエルがウクライナに塩対応の理由

2024年02月26日(月)18時20分

「国際社会には頼れない」

ここで重要なのは、ロシアとの関係を配慮するネタニヤフ政権の方針がイスラエル国民からそれなりに支持されていることだ。

イスラエル民主主義研究所の世論調査によると、ウクライナとロシアの戦争の主な責任は「ロシア」と応えた回答者は67%だったが、対ロ制裁に参加しない政府決定を支持したのも60%にのぼった。

一方、「ウクライナの紛争地帯における ‘ユダヤ人への人道支援’ を優先すべき」という回答は76%だった(ただし、ウクライナへの海外支援をカバーするキーウ世界経済研究所のデータにイスラエルの記載はない)。

難民の受け入れを支持したのは44%だった。もっとも、イスラエル政府が約3万人のウクライナ難民を受け入れたが、その待遇の悪さも手伝って、すでに半数近くが別の国に移動しているが、これとてイスラエル国内で大きな問題とは認識されていないようだ。

イスラエル民主主義研究所の世論調査で最も興味深いのは、「ウクライナの教訓は安全保障を国際社会に頼ることはできず、自国の防衛は自国で担うしかないということ」にユダヤ系イスラエル人(イスラエル国民には少数派ながらキリスト教徒やムスリムもいる)の89%が賛成したことだ。

そこにはつまり、ウクライナを「欧米の支援頼みの国」とみなし、これを反面教師にする思考がうかがえる。

傍流同士は分かりあえるか

実際、イスラエルはアメリカの同盟国ではあるが、これまでも独立した安全保障政策を頑なに守ってきた国でもある。女性も含めた国民皆兵制がかなり機能している、現代世界で数少ない国であることは、その象徴だ。

「国なき民」として2000年にわたって迫害された歴史だけでなく、パレスチナ占領政策が欧米でも数十年にわたって批判されてきたことが、「誰も頼らない」思考を強めたといえる。

それは結果的に、ウクライナに対する、やや冷ややかな態度の土壌になっているとみてよい。

一方、その是非はともかくイスラエルの方針は独立自尊を絵に描いたようなもので、これが先進各国からの支援が目減りする現在のウクライナからみれば、むしろ憧れかもしれない。

しかし、もしそうなら、ウクライナの共感や支持にイスラエルが応えることはほぼあり得ず、一方通行の好意であり続けるだろう。

ウクライナとイスラエルはどちらも白人中心であっても、いわゆる欧米世界の傍流にある点では共通する。しかし、傍流同士だからといってシンクロできるとは限らない。ウクライナとイスラエルのすれ違いは、主流に認められたい傍流と、主流に嫌われることも厭わない傍流の間のミスマッチともいえるだろう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

20240521issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年5月21日号(5月14日発売)は「インドのヒント」特集。[モディ首相独占取材]矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディの言葉にあり

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB、物価圧力緩和まで金利据え置きを=ジェファー

ビジネス

米消費者のインフレ期待、1年先と5年先で上昇=NY

ビジネス

EU資本市場統合、一部加盟国「協力して前進」も=欧

ビジネス

ゲームストップ株2倍超に、ミーム株火付け役が3年ぶ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子高齢化、死ぬまで働く中国農村の高齢者たち

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 6

    自宅のリフォーム中、床下でショッキングな発見をし…

  • 7

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 8

    アメリカでなぜか人気急上昇中のメーガン妃...「ネト…

  • 9

    あの伝説も、その語源も...事実疑わしき知識を得意げ…

  • 10

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story