コラム

ワグネルはアフリカからウクライナへ向かうか──「再編」が本格化

2023年10月10日(火)20時40分

戦闘再開に向かうワグネル

ワグネル再編で一つの焦点になるのは、これまでウクライナの戦闘にかかわってこなかった部隊の動員だ。反乱に加わったワグネル部隊のほとんどはベラルーシなどに逃れ、ウクライナ侵攻と距離を置いてきたからだ。

これに対して、ロシア政府は資金を停止するなど、反乱後のワグネルに圧力を加えてきた。

こうした背景のもと、一部の部隊はロシア政府に恭順する意思を示している。

9月末、ウクライナ政府は500人のワグネル兵がウクライナ東部での戦闘を再開したと発表した。

この部隊がどこからウクライナに移動してきたかは定かでないが、少なくともその一部はアフリカから来た可能性がある。アル・ジャズィーラはワグネルに近い筋の情報として、その直前にアフリカからウクライナに3個分隊が移動したと報じている。

もちろん500人程度では戦局に大きなインパクトはないだろう。

しかし、今後アフリカからさらにワグネル兵がウクライナへ移動したとしても不思議ではない。アフリカ大陸全体でワグネルの兵力は約6000人と見積もられるからだ。

これは反乱後にベラルーシに逃れたとみられるワグネル兵とほぼ同程度の規模だ。

アフリカを引きはらうことはない

とはいえ、ワグネルがアフリカを引きはらい、全兵力をウクライナに向けることは想定できない。ワグネルがアフリカに駐留することはロシア政府にとっても利益があるからだ。

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アフリカではイスラーム過激派が台頭し続けているが、欧米各国は対テロ戦争を縮小させ、関与に消極的になってきた。そのなかでロシアと安全保障協力を結ぶ国が増えているわけで、ワグネルはロシア軍とともにイスラーム過激派の掃討、鉱山など重要施設の警備、兵士の訓練などに従事してきた。

例えばワグネルの活動が最も目立つ国の一つであるマリの場合、その駐留兵員数をアメリカ政府は1645人とみている。

さらに最近では、安全保障協力以外にも、クライアント政府の影としての「業務」も増えている。米外交評議会はワグネルに近いロシア企業インターネット・リサーチ・エージェンシーがモザンビークやジンバブエの選挙で野党に関するフェイクニュース拡散にかかわったと指摘している。

つまり、ワグネルの駐留はアフリカにロシア支持の政権を築く大きな手段といえる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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