コラム

なぜロシアは「デスノート」や異世界アニメを禁止するか──強権支配が恐れるもの

2022年03月17日(木)14時25分

こうしたシュルレアリスムなどのモダンアートをヒトラーは「退廃的」と断じ、ドイツ中の美術館から一掃したのである。

「現実」の支配者は何を恐れるか

なぜ「独裁者」は「目に見えない世界」を嫌うのか。それは「独裁者」が人々の内面まで支配しようとすることに原因がある。

「独裁者」と呼ばれる権力者は一般的に、抗議活動といった外面的な反対を力ずくで押さえ込むだけでなく、ものの良し悪しやどんな世界を目指すべきか、極端にいえば「何が現実か」までコントロールしようとする。

それはいわば、何がこの世の現実なのか、何がその国にとっての利益なのか、などの認識を一元化しようとするものといえる。

例えば、ヒトラーは「ユダヤ人と共産主義者の陰謀」を「現実」として国民に受け入れさせ、その迫害を「正義」として共有させた。それは外面的な支配だけでなく、内面的な支配でもあったのだ。

国民の内面まで統一することで「指導者と国民は一体」という建前が完成し、彼らは決して「独裁者」ではないという理屈になる。

だからこそ、ヒトラーはシュルレアリスムを敵視したといえる。その前提になった「目に見える世界だけが世界ではない」という考え方は、「目に見える世界」の支配者であるヒトラーの正当性や権威を否定し、彼の描く「現実」を空疎なもの、虚しいものにしかねなかったからだ。

プーチンとヒトラーの共通性

「現実を直視しろ」とはよく聞く言葉だが、何が現実かは一様ではない。同じ事象でも認識によって差が生まれるからだ。

「独裁者」はこれを無視して、国民を自分の世界観で染め上げようとする。こうした権力者にとって、外面的には従順でも内面で別のことを考えている者は、大きな脅威といえる。

この観点からロシアのアニメ規制を振り返ると、プーチン政権は多くの国の見方とかけ離れた「クリミアはロシアのもの」という「現実」で国民を染め上げようとしてきた。

しかし、(クリエーターが何を意図するかにかかわらず)「デスノート」をはじめ、異形の者が躍動し、異世界に人が転生する物語に多くの人が惹きつけられる状況は、こうした「目に見える世界」にさしたる関心をもたないばかりか、権力者の叫ぶ「現実」に背を向ける人が多いことを示唆する。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの過激衣装にネット騒然

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 10

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story