コラム

コロナワクチン「特許放棄」の現実味──突き上げる途上国、沈黙する先進国

2021年11月02日(火)19時10分

そのため、アフリカ連合は「COVAXが崩壊の危機にある」と豊かな国に改善を求めているが、G20でそのための具体的な解決策は議論されず、これといった合意はなかった。

別の言い方をすれば、内向きになったG20メンバーが「ワクチン格差を是正する」という総論にとどまることに暗黙のうちに合意した、という言い方もできるだろう。

コロナワクチンはいくらするのか

貧困国にワクチンが行き渡らない一つの理由は、ワクチンの価格が総じて高いことだ。

ようやく日本でも接種が進んできたコロナワクチンは、1本いくらなのか。UNICEF(国連児童基金)によると、世界に出回っているコロナワクチンの値段は1本2〜37ドルと幅がある。

同じ会社のワクチンでも、国によって価格が異なることも珍しくない。例えばファイザー製はアメリカでは1本19.5ドルだが、ヨーロッパでは23.15ドルだ。欧米の医薬品メーカーは国外に高く売る傾向がある。

これと対照的なのが中国だ。例えばシノバック製は中国国内で1本29.75ドル相当だが、海外には割安で輸出されており、最も安いカンボジアでは1本10ドル、ブラジルでは10.3ドルである。ワクチン外交を展開する中国にとって、外国に安く供給することは重要な手段といえる。

しかし、それより安く国際的に出回っているのがインドのセーラム研究所製で、これがアフリカなどの貧困国にも1本3ドル前後で供給されている。

知的財産権は免除されるか

ただし、インド製を除くとワクチンが全体的に高価であるため、貧困国がCOVAXを通じずに直接、しかも大量に購入することは難しい。豊かな国でだけワクチン接種が進んでも、世界全体で集団免疫を上げなければ、以前のようなグローバルなヒトの往来は難しいままだ。

そのため、国際NGOや開発途上国からは、コロナワクチンの知的財産権を停止することで、特許料などで上乗せされている価格を引き下げ、同時に各地で自由にワクチンを生産できる体制を作るべきという意見があがっている。

知的財産権が価格を引きあげ、結果的に貧困層の手に医薬品が行き渡りにくい問題は、これまでにもHIVの治療薬、抗レトロウィルス剤などで、途上国において表面化していた。今年5月、インドや南アフリカはWTO(世界貿易機関)でこの問題を提起している。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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