コラム

アフガニスタン暫定政権のキーパーソン──タリバンは何が変わったのか

2021年09月09日(木)18時05分

【国防相】ムハンマド・ヤクーブ

最後の一人が、国防相に抜擢されたムハンマド・ヤクーブだ。31歳と主要閣僚のなかでとりわけ若い。

若くして国防相に就任したヤクーブは、初代指導者オマルの長男で、2013年にオマルが死亡した後、第2代指導者マンスールとの確執も伝えられた。しかし、マンスールと和解後はタリバン内部で頭角を現し、昨年軍事部門を率いるポジションについたといわれる。

その出自からも、いわばタリバンの「ホープ」といってよいヤクープの立場は、「穏健派」バラダルと「強硬派」ハッカーニの中間にあるといえる。

ヤクーブはバラダルが推し進めたアメリカとの和平合意を基本的に支持し、和平合意が進むなかで米軍への攻撃を控えたといわれる。

ただし、その一方で、ヤクーブはアメリカの撤退を待たずにカブール進撃を推し進めた。ロンドンにある王立防衛安全保障研究所のアントニオ・ジュストッツイ博士はこれを「強硬派をなだめるため」とみている。つまり、ヤクーブにもハッカーニら強硬派をただ押しとどめることは難しいのである。

革新派と守旧派

このように一枚岩でないとすると、今後ともタリバン暫定政権の運営は困難を極めるとみられる。

欧米からの懸念を受けて、タリバンは報道の自由や女性の権利を擁護すると再三述べているが、他方ではドイツ人ジャーナリストの家族が混乱の中で射殺されたり、女性のデモ参加者に威嚇発砲したりするなど、公式の表明とのギャップが目立つことも現場レベルでは発生している。

こうしたことから、「結局タリバンは変わっていない」というのが西側の論調の大半を占めているようにみえる。

とはいえ、いきなり全てが変化することを期待する方が非現実的だ。むしろ、「タリバンが変わっていない」というより、「変わろうとする勢力とそれに反発する勢力が拮抗しているのが今のタリバン」とみた方がよいだろう。

どんな国や組織であれ、革新派も守旧派もいる。その意味では、タリバンも当たり前の人間集団と変わらないのであり、その行方を見定めることが各国には求められるのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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