コラム

「イスラム国」が強大化するモザンビーク、見て見ぬふりをする日仏エネルギー企業の罪

2021年04月21日(水)18時30分
イスラム国の攻撃を逃れたモザンビーク・パルマの住民を載せた船の到着を待つ人々

イスラム国の攻撃を逃れたパルマの住民を載せた船の到着を待つ人々 Stringer-REUTERS

<「イスラム国」系の武装勢力が町を焼き払い、住民を斬首。大手企業は同国の資源だけでなく危機にも目を向けよ>

「まるでダンケルクの戦いのようだった」。3月末、アフリカ南部にあるモザンビーク北部カボデルガド州の海岸に複数の小型船が接近し、数千人の避難民を少数ずつ乗せて沖で待つ大型船に運ぶ救出作戦が実行され、これをアフリカのシンクタンク安全保障研究所(ISS)研究員のティム・ウォーカーは第2次大戦中の著名な戦闘に例えた。

避難したのは3月24日に開始されたイスラム武装勢力による攻撃を逃れ、海岸に追い詰められた人々である。武装勢力は通信線を切断した上で北部から人口7万5000人の町パルマへの攻撃を開始。コンゴ(旧ザイール)から合流した仲間と共に約1000人の政府軍を壊滅させ、3日間で町の3分の2を焼き払い、数十人の民間人を斬首した。数日後、「イスラム国」が政府軍兵士とキリスト教徒55人を殺害し、パルマを完全制圧したという声明を出した。

モザンビーク北部におけるイスラム武装勢力の攻撃は2017年に本格化し、これまでに約3000人が死亡した。既に住民70万人が避難し、国連は今年半ばまでにその数は100万人になると予測する。19年には「イスラム国」への忠誠を誓い、20年5月にはカボデルガド州の3地区を占拠してカリフ制国家樹立を目指すと宣言。今年3月には米政府がテロ組織に指定した。パルマ制圧後に発行された「イスラム国」の週刊誌ナバアの表紙を飾ったのは、赤いバンダナを巻いた同組織の戦闘員だった。

一方パルマの6キロ先には、日本の三井物産や独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が仏資源大手トタルなどと開発を進める200億ドル規模のLNG基地がある。20年7月には政府系金融機関である国際協力銀行(JBIC)が、民間銀行などと1兆5000億円の協調融資をすると発表した。

しかしトタルは、20年末から同基地付近で「イスラム国」の襲撃が続いたためプロジェクトの一時中止を発表。今回の攻撃があったのはその再開を発表した直後だった。トタルは再開を見送り、全スタッフを退避させたと伝えられる。

モザンビーク軍報道官は、同基地は武装勢力から守られていると強調した。トタルも24年の生産開始予定について今回の攻撃による遅れはないと発表したものの、治安問題が解決されない限り遅延リスクは高いと指摘する専門家もいる。

モザンビーク当局がパルマを完全に奪還したと発表したのは、襲撃から11日後だ。これだけの時間を要したことは、「イスラム国」が着実に強大化している証しと言えよう。トタルは今年に入り新たにモザンビーク当局と安全保障協定を締結したが、今回の事件は当局の限界を露呈させた。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

神田財務官、介入有無コメントせず 過度な変動「看過

ワールド

タイ内閣改造、財務相に前証取会長 外相は辞任

ワールド

中国主席、仏・セルビア・ハンガリー訪問へ 5年ぶり

ビジネス

米エリオット、住友商事に数百億円規模の出資=BBG
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story