コラム

北海道で高病原性鳥インフルエンザが猛威 ヒトへの感染リスクと影響は?

2022年04月19日(火)11時20分

では今回、北海道に蔓延している高病原性鳥インフルエンザウイルスに、ヒトは感染するのでしょうか。感染したトリ(野鳥やニワトリ)を食べたり、死骸や糞を直接触るなどの濃厚な接触をしたりしない限りはヒトの感染の可能性は極めて低く、北海道の住民も必要以上に恐れる必要はないと考えられています。

ただし21世紀になって、ヒトのインフルエンザは従来から流行している「季節性インフルエンザ」以上に、動物由来の新しい「パンデミック・インフルエンザ」の危険性が問題視されています。

季節性インフルエンザは、毎年冬に流行するインフルエンザです。日本では毎年、約1000万人が罹患していて、38℃以上の高熱や、頭痛、関節痛、筋肉痛などの全身症状、咳や喉の痛みなどの呼吸器症状が見られます。高齢者や小さな子供、呼吸器系の基礎疾患があるとリスクは高まりますが、多くの人がある程度の免疫を持っているので致死率は0.1%程度です。

いっぽう、新型インフルエンザは、人類が免疫を持っていないインフルエンザです。新型コロナウイルス感染症は、これまでに誰も罹患したことがなかったので人類が免疫を持っておらず、世界中で爆発的に流行したことは記憶に新しいでしょう。

1918年から19年にかけて世界的に流行した「スペインインフルエンザ(スペイン風邪)」は、たった2年間で当時の世界人口18億人のうち5億人が感染し、少なくとも数千万人が死亡しました。後の研究で、原因ウイルスは鳥インフルエンザウイルスが人に感染するようになったものであることが分かりました。

A型インフルエンザウイルスは、感染力が強く、変異が起きやすいウイルスです。今回の北海道の高病原性鳥インフルエンザも、ウイルスを持つ動物が増えれば変異は起こりやすくなるので、ヒトへの感染リスクや重症化リスクが高まる可能性もあります。とりわけ、4月から5月にかけては、冬の間を日本で過ごした渡り鳥がシベリアに帰る時期と重なります。鳥の移動は、鳥インフルエンザウイルスを広い地域に蔓延させるおそれがあります。

鶏用のワクチン開発も進む

日本では、養鶏場内で高病原性鳥インフルエンザが発生した場合、感染したニワトリと同じ養鶏場内の個体はすべて殺処分されるので、ウイルスに感染した鶏肉や卵が市場に出回ることはありません。なので、消費者の立場では汚染された鶏肉を食べてしまうリスクがないことはありがたいですが、農家は深刻な経済被害を受けます。

ヒトは、インフルエンザが大流行しそうな年は、冬に備えてワクチンを接種します。現在、鶏に対しても鳥インフルエンザを予防するワクチンの開発が進められています。とはいっても、養鶏場は数万羽を飼育している場合が多いので、ニワトリ1羽ずつを捕まえて保定して注射しなくてはならないとなると、飼育管理者の負担は膨大です。そこで、たとえば国立研究開発法人農研機構の動物衛生研究所では、目薬タイプの点眼ワクチンを開発しています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story