コラム

日本が「脱炭素」を根本から見直すべき理由 市場価格が示す世界の潮流とは

2021年05月18日(火)12時43分
温室効果ガスの排出(イメージイラスト)

WANLEE PRACHYAPANAPRAI/ISTOCK

<排出権取引の市場価格が急上昇している。このことが示すのは、出遅れている日本に遺された時間は少ないという現実だ>

温室効果ガスの排出枠を市場で売買する排出権(排出量)取引価格が急上昇している。市場価格というのは経済の先行指標であり、排出権価格が急騰していることは、脱炭素シフトがさらに加速することを示唆している。

脱炭素で先行する欧州では、既に排出権の取引が行われており、二酸化炭素には値段が付いている。排出権取引というのは、目標以上に排出量を削減した事業者がその排出枠を他社に売却し、購入した事業者がその分だけ排出量の削減を免除される仕組みである。

年初に1トン当たり約30ユーロ(約3960円)だった排出権価格は、急ピッチで上昇を続けており、5月に入ってとうとう50ユーロを超えた。

排出権を市場で取引することの最大のメリットは脱炭素コストを見える化できることである。2018年時点における全世界の二酸化炭素排出量は約335億トン(燃料燃焼分)だったので、この数字に排出権価格を乗じると、理論上の脱炭素コストが計算できる。

ここでは約221兆円となるが、この金額を各国のGDPで案分すると、アメリカは53兆円、日本は12.9兆円となる。

現時点における日本の脱炭素支出額は到底、この金額には及ばないので、市場価格をベースにした場合、日本の脱炭素シフトは大幅に遅れていると判断せざるを得ない。

脱炭素支出は「コスト」ではない

一方、アメリカはバイデン政権の誕生をきっかけに本格的な脱炭素シフトに舵を切っており、4年間で2兆ドル(220兆円)の金額を投じる方針である。多くの人はこの金額に驚いたが、1年当たりに換算すると55兆円なので、ちょうど市場価格を基準にした理論コストに見合う額である。

「コスト」と書いたが、再生可能エネルギーの発電コストは既に火力を大幅に下回っており、脱炭素社会が到来すれば、エネルギー価格の劇的な低下によって、経済には極めて大きな波及効果が期待できる。こうした現実を考えると脱炭素支出はコストでなく投資であり、排出権価格の上昇分だけ巨額の先行投資が許容されることを意味している。

日本では脱炭素をコストと見なす人が多いが、その価値観は改めたほうがよいだろう。

もっとも脱炭素への支出額を市場で決定することについては課題もある。市場は時に暴走する可能性があり、全てを市場に委ねてしまうとスムーズな経済活動を阻害するリスクが指摘されている。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ダウ平均、一時初の4万ドル突破 好決算や利下げ観測

ビジネス

金融デジタル化、新たなリスクの源に バーゼル委員会

ワールド

中ロ首脳会談、対米で結束 包括的戦略パートナー深化

ワールド

漁師に支援物資供給、フィリピン民間船団 南シナ海の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 3

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃のイスラエル」は止まらない

  • 4

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 5

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 6

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 7

    2023年の北半球、過去2000年で最も暑い夏──温暖化が…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    仰向けで微動だにせず...食事にありつきたい「演技派…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story