コラム

中国人民元が基軸通貨になり得るこれだけの理由

2021年03月10日(水)15時30分

消費大国へ 現在の中国経 済は輸出が輸入を大きく上回るが(上海にある洋山深水港)AKE1150SB/ISTOCK

<人民元が米ドルに代わる基軸通貨になるには2要件を満たす必要があるが準備は着実に進んでいる>

中国がデジタル人民元の大規模な実証実験を開始するなど、人民元のシェア拡大に向けた動きを活発化させている。現時点では人民元の存在感は薄く、ドル覇権が揺らぐ兆しはないが、筆者は中長期的には人民元がドル覇権を脅かす可能性はそれなりに高いとみている。

ある国の通貨が基軸通貨となるには、2つの要件を満たす必要がある。1つは輸入大国として世界からモノを買い入れ、対価として自国通貨を世界にバラまいていること。もう1つは、金融取引の市場において高いシェアを維持していることである。

米ドルは誰もが認める世界の基軸通貨だが、アメリカ経済はドルが基軸通貨になるための要件を完全に満たしている。アメリカは世界最大の消費国であり、全世界から大量のモノやサービスを購入している。同国の貿易収支は一貫して赤字が続いており、2019年の赤字額は5769億ドルだった。裏を返せば、毎年、膨大な金額のドルを輸入代金として世界に支払っていることになる。

一方的に輸入だけを続けていると通貨の価値が毀損してしまうが、アメリカは世界で最も魅力的な金融市場を持つ国であり、各国は輸出の対価として受け取ったドルを運用目的でアメリカ市場に投融資している。このためアメリカは輸入を通じて世界に提供したドルを国内に還流させることが可能であり、これによってドルの価値が維持されている。

アメリカは過去5年間で約2兆6400億ドルを輸入という形で海外に支払ったが、同じ期間でアメリカの対外債務(国外からの投資額)は海外への支払額以上に増加した。単純化すれば、輸出で支払ったドルがそのままアメリカへの投融資という形で国内市場に戻ったことが分かる。

諸外国はドル以外の通貨を採用しているが、アメリカ企業は圧倒的な購買力を生かしてドルによる支払いを指定できるので、代金を受け取った輸出国はドルを自国通貨に換える必要がある。このため世界の為替市場ではドルが活発に取引されており、為替市場におけるドルのシェアは高い。そうなると、ドル以外の通貨同士を両替する場合でも、一旦ドルに換えたほうが効率が良くなるので、為替市場におけるドルの立場はさらに圧倒的なものとなっていく。

以上を整理すると、巨額の輸入を行い、金融市場の運営に強い国は、自国通貨を自由に流通させ、適切な量を自国に還流させることができる。これは基軸通貨国だけが持つ強大な特権であり、今のところアメリカだけがこの利益を享受している。

戦前は英ポンドが基軸通貨だったが、当時のイギリスも貿易赤字が続き、輸入を通じてポンドを世界に流通させていた。ロンドンの金融街シティは、今のニューヨークにおけるウォール街そのものといえ、海外に流出したポンドはイギリスへの投融資という形で国内に還流するなど、今のアメリカと似た図式だった。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米財務長官、ロシア凍結資産活用の前倒し提起へ 来週

ビジネス

マスク氏報酬と登記移転巡る株主投票、容易でない─テ

ビジネス

ブラックロック、AI投資で各国と協議 民間誘致も=

ビジネス

独VW、仏ルノーとの廉価版EV共同開発協議から撤退
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 2

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 3

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 4

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 7

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    「香りを嗅ぐだけで血管が若返る」毎朝のコーヒーに…

  • 10

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story