コラム

手に汗握るディープラーニング誕生秘話。NYタイムズ記者が書いた「ジーニアス・メーカーズ」【書籍レビュー】

2021年10月22日(金)15時15分

Googleに入社したヒントン教授の教え子たちは、膨大な額の設備投資を要求した。あまりの額に担当者は最初、首を縦にふらなかったらしいが、最終的に社長判断でやっと予算が確保されたという。しかしディープラーニングに軸足を移したことで、投資額を大きく超える収益がその後Googleにもたらされることになる。

私はこれまで何度も米国出張をしてAIのトップ研究者を取材してきた。日米のトップ研究者20人以上と直接会ってきた、とこれまで何度か自慢げに語ったことがある。ところがこの本の著者のメッツ記者は、AIに関わる重要人物を500人以上も取材してきたという。当然情報量は私とは雲泥の差で、「あのとき、舞台裏ではこんなやり取りが行われていたのか」というようなエピソードが本の中で次から次へと紹介され、個人的には非常におもしろい内容になっている。

ここ数年、AIに携わってきた人たちも、私と同じような感想を持つことだろう。同じ時代を生きてきたはずなのに、自分とは異なる視点から見たAI研究、AIビジネスの過去数年間は、まったく別の様相を呈している。この本の視点を自分の体験してきたことに加えることで、過去、現在、未来の見え方がより立体的になることだろう。

DeepMindの内情

私自身、特に興味深かったのは、韓国の囲碁の名人を打ち破ったAI「AlphaGo」を開発したことで世界的な注目を集めた英国のAIベンチャーの雄、DeepMind社の話だ。同社のCEOのデミス・ハスビス氏が小さいころから神童であったというエピソードは何度も目にしてきたが、実際にDeepMindがどのような会社なのか詳しいことを知りたかった。特に同社を買収したGoogleのAI研究部門との棲み分けはどうなっているのか、などということを知りたかった。

この本によると、DeepMindとGoogleの AI部門との対立はかなり激しいようだ。科学者や技術者は淡々と仕事をこなす穏和な人たち、といったイメージを持つ人が多いが、実際には彼らも人間。いろいろな感情があり、人間ドラマがある。ノンフィクションの人間ドラマは、読み物としても非常におもしろい。

AIに関わってこなかった人たちにとっても、歴史小説を読む感覚で、この本を楽しめることだと思う。「読み始めたら止まらない」と本の帯に書かれているが、その文言にウソはない。

また時代を大きく変えようとしているAIという技術が今、どの辺りを進んでいるのか、AIの重要人物たちはどのような未来を作ろうとしているのか、ということが手に取るように分かる内容になっている。

表紙の裏には、「これは、世界中にいる、ほんのひと握りの天才と、その天才を見いだして莫大な金を投資する実業家たちが、人類の未来を作り出す物語である」と書かれている。まさに、その通りの内容の本になっている。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動

ビジネス

必要なら利上げも、インフレは今年改善なく=ボウマン

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story