コラム

長野五輪の栄光のモニュメントを目指して オリンピック・イヤーに想う日本の未来 

2021年06月15日(火)13時00分

◆部外者を拒む張り紙

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湖畔の岬付近で休憩場所を探していると、部外者の立ち入りを強烈に拒否する張り紙がそこかしに掲示されている一角があった。「注意 この地籍は一族所有地です 本地籍および立木、倒木等は私有財産です。焚き火やキャンプ等を行った場合には、放火、窃盗罪として、映像記録を元に顧問弁護士を通じて法的措置および賠償請求を行います」と書かれている。さらに、その下の注意書きによれば、このあたりは毒ヘビが多く、特に子供を狙って容赦なく咬んできて、血清投与で助かっても生涯牛肉や豚肉が食べられない後遺症が残るという。また、猿が子供を守るために命がけで襲ってくるとのこと。そして、そうした事故が起きると保健所と警察から所有者に連絡が入り、それによって土地の価値が下落するため、相応の賠償請求をするという。筋が通っている部分もあるが、総じて部外者に対する強烈な脅し文句だと解釈せざるを得ない。

こうした自然の中の湖畔が私有地だとは、都会人には想像しにくい。地主の方も以前は観光客の立ち入りを大目に見ていたのかもしれない。ところが、度を越したマナー違反が重なって、堪忍袋の緒が切れてしまったといったところだろうか。実際、湖畔を覗いてみると、新しそうな焚き火の跡があった。もちろん、法的な大義は地主にある。しかし、しかしである。あくまで海外育ちの僕の個人的な感傷かもしれないが、このような強烈によそ者を排除する物言いからは、日本独特の、とりわけ地方に色濃い"島国根性"を感じざるを得ない。

日本は、世界で急加速している国際化の波にも取り残されつつあると言われている。国際化の遅れは、IT化の遅れや文化的な孤立とも無縁ではない。その根源には、島国という地理的条件に端を発する「他者への不寛容さ」があるのは、僕などが改めて言わずとも、多くの内外の識者が指摘しているところだ。日本再生の条件はいくつもあろうが、「国際化の波に追いつくこと」は、かなり大きなウエイトを占めていると思う。

国全体でも、少子高齢化の解決策として移民受け入れの是非が議論されているが、この青木湖畔のようなミニマムな地域レベルから他者への寛容さを示せるような文化的土壌がないと、到底、国全体を巻き込んだ政策がうまく行くとは思えない。もちろん、まずは土着の者の権利の主張なくして、国際化、多様性の維持はあり得ない。それに、国際化しなくて結構、日本は鎖国に戻るのだといった主張も、頭から否定するつもりはない。それこそが、多様性の否定につながるのだから。僕のような「開国派」と「鎖国派」が共存できる日本になるのが理想だと思っている。

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青木湖畔の最深部。一見ひっそりとした大自然にも、土地所有者の権利が主張されている

◆「塩の道」を歩いて「武士の情け」を想う

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トンネルの先は白馬村だ

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水田に映る白馬の山々

青木湖の先で長さ400mほどのトンネルを抜けて白馬村に入ると、高原の遅い田植えが始まっていた。水田に張られた真新しい水に、残雪をたたえた山影が映る。村の中心部に差し掛かると、国道沿いで清掃奉仕をする中学生たちの姿があった。「日本の町にはゴミが落ちていない」と外国人観光客の多くが称えるが、こうして真面目に生きている人たちの地道な積み重ねがあることを忘れてはならない。

白馬は、今はスキーリゾートとして全国区になっているが、かつては、日本海の糸魚川から山に囲まれた信州に塩を運ぶ「塩の道」(千国街道)の要衝であった。第20回「標高日本一の空港の微妙な立ち位置 交通の要衝・塩尻から松本へ」で通った塩尻市は、この「塩の道」の終点(尻)だったことから、その名がついたと言われている。糸魚川を目指す僕のこの旅も、塩尻から「塩の道」をたどってゴールの糸魚川に向かっている。

ちなみに、「敵に塩を送る」という諺(ことわざ)は、塩不足に困っていた甲斐の武田信玄に、ライバルの越後の上杉謙信が「「争う所は弓箭(きゅうせん)に在りて、米塩(べいえん)に在らず(我々の争いは、武力の争いであって、生活必需品の争いではない)」と、この千国街道を使って塩を送ったのが由来だと言われている。甲斐国(山梨県)を横断してここまで歩いてきた身としては、なんだか余計に骨身にしみる故事なのである。こうしてただ写真を撮りながら愚直に歩くことも、塵と積もれば人としての自信につながる。「武士の情け」を持てるような、堂々とした生き方をしたいものだ。

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「塩の道」の雰囲気を残す旧千国街道の一角

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

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