最新記事

インフラ

「もうどうでもいい」 逆襲ウクライナの「急所」を、気まぐれイーロン・マスクが握る不安

Rich Men Aren't Saviors

2022年11月30日(水)11時26分
オルガ・ボイチャク(シドニー大学講師)、テチアナ・ロコト(ダブリン市立大学准教授)

ロシアは2014年にクリミア半島を一方的に併合して以来、ウクライナ側のネット接続を妨害してきた。占領地の通信回線や無線通信網を破壊する代わりに、既存の携帯電話基地局やプロバイダーの施設を乗っ取り、ウクライナのインターネット通信をロシアの接続ポイントに誘導した。14年にはクリミア半島とロシア領の間に、新たな海底ケーブルを敷設してもいる。

こうなると、占領地域にいるウクライナの人々はロシア側の情報領域に取り込まれてしまい、偽情報やフィルタリングを通じて戦争の現実をゆがめられ、ロシア側に都合のよいコンテンツだけを提供されることになる。

筆者らはシドニー大学社会科学・人文科学高等研究所の支援を得て、戦時下の抵抗において民生用技術の果たす役割を研究している。そこで分かったのは、強力な情報通信環境を保持することが軍にとっても一般国民にとっても死活的に重要という事実だ。

しかしウクライナは現時点で、それを同盟諸国や支援団体、そしてスペースXのような民間企業に頼っている。

ウクライナの戦場では、スターリンクがネット時代の情報通信戦の究極のシンボルとなっている。質の高い情報を迅速に得られる移動式の無線通信システムがあれば、軍事面でも情報面でも優位に立てる。それが今の戦争だ。

スターリンクロシア撃退に大いに貢献

ウクライナ軍はスターリンクを利用することで、地理的に分散している部隊間で効率的に連携し、ロシアの大軍を撃退することに成功してきた。スターリンクは無人偵察機の操縦にも使えるし、敵に傍受・妨害される心配なくリアルタイムで戦術面の連絡も取り合える。

スターリンクは一般市民の命綱にもなっている。4月にウクライナのデジタル担当相ミハイロ・フェドロフが指摘したように、電気が止まり携帯電話網が破壊された地域でも、スターリンクの端末があれば外の世界とつながることができた。

221206p30NW_STR_02.jpg

ロシア軍から解放されたヘルソンで、スターリンク経由のスマートフォンを使う市民 VALENTYN OGIRENKOーREUTERS

フェドロフらは開戦当初から、懸命にIT企業の支援獲得に動いていた。もちろんマスクの協力には感謝していた。しかしマスクの姿勢が劇的に変化した今は、そうも言っていられない。

報道によれば、前線に近い一部地域では接続が「壊滅的に」不安定になっている。またCNNの報道によると、ウクライナ軍が使用しているスターリンク端末1300台以上が、10月下旬から接続不能になった。

その原因は 「資金不足」にあるという。マスクは戦闘のさらなる激化とロシアの核使用を恐れて、クリミア半島でのスターリンクの提供を拒否したとも伝えられている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦力増強を指示 戦術誘導弾の実

ビジネス

アングル:中国の住宅買い換えキャンペーン、中古物件
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中