最新記事

日本

「安倍晋三が日本のナショナリズム台頭の要因」は間違い──日本政治研究者J・リンド

ABE AND NATIONALISM

2022年9月30日(金)20時40分
キャサリン・パッツ(ディプロマット誌副編集長)
安倍晋三国葬

賛否が渦巻く中、9月22日に東京の日本武道館で国葬が行われた Issei Kato-REUTERS

<安倍元首相は本当にナショナリストだったのか? 米ダートマス大学のジェニファー・リンド准教授が、安倍と愛国の微妙な関係を解き明かす>

安倍晋三元首相が暗殺されて以降、彼のレガシーをめぐる議論が高まっている。多くのアナリストは、安倍が政界で上り詰めたことの裏に日本のナショナリズムの高揚があったと論じ、防衛予算の増加や、第2次大戦中の日本による非道な行為を否定する声が増えたことを指摘している。

首相時代の安倍は多くの人にとって、日本のナショナリズムを象徴する存在になった。

しかし一人の政治家よりも地政学的な変化──特に日本の周辺での変化──のほうが、世界の中での日本の役割に対する認識に大きな影響を及ぼしているはずだ。

米ダートマス大学のジェニファー・リンド准教授(政治学)は、日本政治に関する単純すぎる言説に異を唱える。むしろ彼女は、強権的な姿勢を強める中国と、核を保有する北朝鮮が近隣にありながら、日本で防衛力の増強があまり議論されていないことに着目すべきだと主張する。

ディプロマット誌副編集長のキャサリン・パッツが、リンドに聞いた。

◇ ◇ ◇


――安倍個人のナショナリズムや愛国心を、あなたはどうみているのか。

安倍は国民としての強い連帯感や、愛国心を生み出すことを提唱した保守派だった。著書『美しい国へ』(文春新書)でもそうだった。

安倍は他国を侮辱することはなかったし、軍国主義者でもなかった。しかし国に誇りを持つことを唱え、日本の持つアイデンティティーのプラスの側面を強調する言説を好んだ。

安倍がナショナリズムに傾くこともあった。自民党内部でも保守派陣営全体でも、穏健な愛国主義を支持する人々と、もっと極端なナショナリズムを支持する人々との間には常にせめぎ合いがあるものだ。

こうした対立は自民党内だけでなく、安倍自身の中にも見られた。

例えば1993年の「河野談話」をめぐってだ。(当時の河野洋平官房長官による)この談話は過去の過ち、すなわち戦争中に大勢の「従軍慰安婦」が受けた悲惨な暴力に旧日本軍が関与していたことを認めたものだった。河野談話はかなり穏当な政策といえたが、リベラル派はさらに徹底的な調査と補償を求め、右派は談話自体に異議を唱えた。

安倍は首相として河野談話を見直す可能性を示唆した際に、岐路に立たされた。穏健な愛国主義者となるか、それともナショナリストの立場を取るべきか。穏健な愛国主義者なら過去の過ちを認めようとするが、ナショナリストはのらりくらりと言い逃れるか、全く検討さえしないだろう。

安倍はより穏健な道を選んだ。もう1つの重要な転機だった2015年の「戦後70年談話」でも、同じ道を選んだ。

【関連記事】安倍晋三は必ずしも人気のある指導者ではなかった(伝記著者トバイアス・ハリス)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米EV税控除、一部重要鉱物要件の導入2年延期

ワールド

S&P、トルコの格付け「B+」に引き上げ 政策の連

ビジネス

ドットチャート改善必要、市場との対話に不十分=シカ

ビジネス

NY連銀総裁、2%物価目標「極めて重要」 サマーズ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を受け、炎上・爆発するロシア軍T-90M戦車...映像を公開

  • 4

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 5

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 6

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 10

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中