最新記事

事件

安倍銃撃犯「山上容疑者」の動機をプロファイリングする

The Joker From Silent Hill

2022年9月23日(金)12時33分
北島 純(社会構想大学院大学教授)

公への憤りによるテロ

山上は映画『ジョーカー』(19年)に繰り返し言及する。ゴッサム・シティの道化師アーサーが不遇と挫折、親との葛藤の中で悪に走り、貧困層による暴動が巻き起こる寓話を抒情的に描いた名作だ。

しかしアーサーを「インセル」(INCEL、非自発的禁欲、「非モテ」とも言う)の象徴とする通説的理解に対して山上は、「『インセルか否か』を過剰に重視する姿勢は正にアーサーを狂気に追いやった社会のエゴそのもの」「ジョーカーという真摯な絶望を汚す奴は許さない」(同年10月20日)とツイッターに書き込む。

「非モテ」概念に拘泥することなく、ジョーカーが抱えた絶望に「真摯性」すなわち一種の「倫理性」を見いだすのは、アーサーをジョーカーに転化させた社会のエゴ(腐敗)と責任を見逃さず、その点に自己を投影しているからだろう。

テロの定義はさまざまだが、広義には「社会的大義」を掲げて「恐怖」に訴える暴力行為をいう。今回の暗殺事件には政治的な主義主張がないとして私的復讐心に基づく刑事事件と見なす理解もあるが、映画『ジョーカー』の山上的受容を踏まえるなら、公に対する憤りをも原動力としたテロだと言わざるを得ない。

ツイッターでは努めて冷静な分析を書いていた山上は21年4月24日、唐突に「最近の不運と不調の原因が分かった気がする。当然のように信頼していた者の重大な裏切り。この1ヶ月、それに気付かず断崖に向けてひた走っていた。そういう事か」「こういう裏切りは初めてではない。25年前、今に至る人生を歪ませた決定的な裏切りに学ぶなら、これは序の口だろう。オレも人を裏切らなかったとは言わない。だが全ての原因は25年前だと言わせてもらう。なぁ、統一教会よ」と記す。

山上の母親が旧統一教会に入信したのは1991年、家族に発覚したのは94年であり、25年前すなわち96年の「決定的な裏切り」とは何か。母親が脱会するとしたにもかかわらず信仰を継続していたことかもしれない。では、2021年4月の「重大な裏切り」は何を意味しているのか。

山上のツイッターは何も語らぬままこの後、急速にニヒリズムを強め冷静さを欠いていく。武器密造を始めたのも21年春頃からと報じられている。

山上はあおり運転で夫婦が死亡した17年の東名高速の事件について、サービスエリアで被害者から罵声を浴びていた被告人に「正当な報復権」があるとし、「死刑は請求すらされず堂々と裁判で減刑を望む。つまり世の中はやった者勝ち」(21年5月23日)と言い放つ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ロシア新国防相に起用のベロウソフ氏、兵士のケア改善

ワールド

極右AfDの「潜在的過激派」分類は相当、独高裁が下

ワールド

フィリピン、南シナ海で警備強化へ 中国の人工島建設

ワールド

リオ・ティント、無人運転の鉄鉱石列車が衝突・脱線 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 5

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 6

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 7

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    アメリカでなぜか人気急上昇中のメーガン妃...「ネト…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中