最新記事

日本政治

「空疎ないら立ち」を解消する「政治回路」の不在

AN EXTREME IRRITATION

2022年7月9日(土)22時30分
北島 純(社会構想大学院大学教授)



「安倍不在」の深刻な影響

安倍元首相は憲政史上最長となる通算8年8カ月にわたって宰相の座を務めた。2012年12月に始まった第2次安倍政権は、「人事の佐藤」とうたわれた大叔父・佐藤栄作元首相を彷彿とさせる人事術・官僚操縦術を駆使して安定的な「安倍一強」体制の構築に成功。

「アベノミクス3本の矢を掲げてデフレ脱却と経済再生に邁進しつつ、消費増税のタイミングをコントロールし選挙における争点形成を先導することで6回に及ぶ衆参の国政選挙に勝利した。

選挙の勝利がもたらす高い政権支持率を資産として、祖父・岸信介元首相の国家像を引き継いだ安倍元首相が取り組もうとしたのが、戦後政治の総決算としての憲法改正だ。病気による退陣で果たせなかったが、その道程と成果が戦後保守政治の最高峰に位置していることは疑いようがない。

また安倍元首相は外交面でも、TPP(環太平洋経済連携協定)や日EU経済連携協定をはじめとする多国間戦略的パートナーシップの構築を推し進め、米中対立が激化するはざまで、ほかに得難い調整役の任を果たした。

独自に提唱したFOIP(自由で開かれたインド太平洋)戦略はウクライナ危機による地政学的リスク激変を見通していたかのような先駆性があり、ジョー・バイデン米政権によるIPEF(インド太平洋経済枠組み)の基盤になっている。

地球儀を俯瞰するような広い視座を持ち、ドナルド・トランプ、ウラジーミル・プーチン、習近平(シー・チンピン)ら各国首脳と伍して交渉を行った安倍元首相の存在感は戦後政治外交史で特筆されるべきであろう。

他方で、常に劣勢だった野党や市民的リベラルの側は改憲への警戒もあって激しい批判を安倍元首相に浴びせた。国論を二分した14年7月の集団的自衛権に関わる憲法解釈変更に対しては、東大法学部教授が「クーデター」だと論難し内閣法制局長官経験者も批判を繰り広げた。森友・加計学園・桜を見る会問題では縁故主義と公文書改ざんが非難され、功罪相半ばする評価は続いた。

その安倍元首相が凶行に倒れ、突然訪れた「安倍不在」という状況は今後、日本の政治に何をもたらすのだろうか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

能登半島地震、復興基金で財政措置検討─岸田首相=林

ビジネス

大和証券G本社、あおぞら銀と資本提携 筆頭株主に

ワールド

プラチナ、24年は従来予想上回る供給不足へ 南アと

ビジネス

ソフトバンクGの1―3月期純利益は2310億円 2
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 5

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 6

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 7

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    アメリカでなぜか人気急上昇中のメーガン妃...「ネト…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中