最新記事

ウクライナ情勢

「米欧が一線を超えた」と懸念する声も ロシア弱体化を狙う危険な賭け

A DANGEROUS ESCALATION

2022年5月13日(金)17時05分
マイケル・ハーシュ(フォーリン・ポリシー誌上級特派員)

だが、停戦の成立はこれまで以上に望み薄になっている。グテレスは4月末にプーチンと会談した後、即時停戦はあり得ないと認め、戦争は「会談では終わらない」と述べた。

ゼレンスキーが停戦協議の落としどころを探るためNATO加盟を求めず、ウクライナを中立化するとの条件を提案したのはほんの1カ月ほど前のことだ。東部の親ロ派実効支配地域についても譲歩の余地があると述べた。

だがロシア軍の残虐行為で状況は一変。ゼレンスキーはシャルル・ミシェル欧州理事会常任議長に対し、ウクライナの世論は交渉より戦いの継続を望んでいると語った。

一方、フィンランドとスウェーデンはNATO加盟を検討する意向を表明した(編集部注:5月12日、フィンランドの大統領と首相がNATO加盟申請に向けた共同声明を発表した)。

この2カ国が長年の非同盟中立の立場を捨てれば、ロシアの北の国境に新たな緊張が生じ、NATOの東方拡大をウクライナ侵攻正当化の口実にしてきたプーチンは手痛いしっぺ返しを受けることになる。

現状では一触即発の緊張状態が緩和する兆しは全く見えない。マーク・ミリー米統合参謀本部議長は、ウクライナでは「少なくとも何年という単位」の「長期的な紛争」が続く可能性があると述べた。

核兵器配備はスピードアップ

プーチンが戦術核か戦略核を実戦配備した場合、アメリカはどう対応するのか。バイデンは明らかにしていない。

冷戦後の核兵器の配備については、米ロ共に明確なルールを設定していない。厄介なことにINF(中距離核戦力)全廃条約など冷戦時代に成立した核軍縮合意が失効するなか、核兵器はより迅速な配備が可能になり、自動制御のデジタル装置に運用を委ねる流れが加速した。

プーチンはいわゆる「エスカレーション抑止」、つまり自軍が劣勢に陥った場合、限定的な核攻撃を行い自国に有利な形で停戦に持ち込む戦略を実施するため、過去20 年余り、原子力推進式巡航ミサイルや大洋横断核魚雷、極超音速滑空体の建造を進める一方、ヨーロッパで使える低出力の小型核の保有数を増やしてきた。

それでも、プーチンが今ほどあからさまに核の使用をちらつかせたことは過去にはなかったし、どんな場合に、どう使うかも明言していない。

ウクライナ危機以前、アメリカの戦略家たちはロシアの核配備をただのこけおどしとみていた。プーチンが「エスカレーション抑止」にまず使うのはサイバー攻撃など非核攻撃だろうとの見方が主流だった。

今でもウクライナで戦術核を使用したところでロシアはさほど優位に立てないし、プーチンは核を搭載したICBMでアメリカ本土を攻撃するほど狂ってはいないというのが大方の見方だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

テスラの自動運転機能巡る集団訴訟が審理へ、米連邦地

ワールド

原油先物は続伸、米インフレ鈍化と堅調な燃料需要受け

ビジネス

GDP1─3月期は年率2.0%減、内需に弱さ 特殊

ワールド

オランダ、極右含めた連立政権樹立で合意 下院選から
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 5

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 9

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 10

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中