最新記事

安全保障

台湾に対する米国の戦略的曖昧政策は終わるべきだ

2022年4月22日(金)17時15分
安倍晋三(元日本国首相)

曖昧政策は中国にアメリカの決意を見くびらせる

ロシアのウクライナ侵攻は、後者の領域主権を武力で侵害しただけでなく、主権国家の体制をミサイルと砲弾で転覆しようとする行為である。この点、国際社会に、国際法と国連憲章の解釈をめぐる論争はない。ロシアに対する制裁にどの程度加わるかは、国によって違った。しかしロシアが犯した国際法の重大な違反について、どの国も疑義をはさんではいない。

台湾の場合はどうだろう。中国は台湾を「自国の一部である」と主張している。米国と日本の立場は、そのようにいう中国の主張を尊重するとするものだ。それがゆえに、日本にしろ、米国にしろ、台湾と公式の外交関係をもっていない。世界中で大多数の国は、台湾を独立国家として認めていない。

ウクライナの場合と違って、中国による台湾侵攻は、自国内一地方における反政府活動の鎮圧であって、国際法違反の状態をつくるものではないと、中国の指導者らは、そう主張することが可能である。

ABE-webPS220423_02.jpg

安倍元首相  REUTERS-Charly Triballeau/Pool

ロシアがクリミアを併合したとき、それがウクライナの主権を侵すものであったにもかかわらず、国際社会は、結局のところこれを追認した。これを先例とするなら、国家ではなく一地方の鎮圧であるとするロジックを北京がなすとき、世界はもっと寛容だろうと、中国共産党の指導者たちは考えていたとして驚くに値しない。

ウクライナの危機が起きる以前から、台湾をめぐる問いは、「果たして中国は、台湾を自分のものにするだろうか」ではなく、「いつするだろうか」になっていた。北京はウクライナ戦争の帰趨に関心を払いながら、「いつ、どんな条件で」台湾を自分のものにすることができるか熟考しているにちがいない。

以上のロジックは、戦略的曖昧政策を、維持しがたいものとした。同政策は、米国が十分に強く、中国が軍事力で米国に対してはるかに見劣りした間は、極めて有効に働いた。

そんな時代は、終わりを告げた。いまや曖昧政策は、北京には米国の決意を見くびらせ、台北にはいたずらな不安を抱かせることで、地域に不安定を育てているといえるのではないか。

戦略的曖昧政策が採用されて今日に至るまでの状況の変化を踏まえるなら、米国は、誤解の余地がない、解釈に幅のないステートメントを発出すべきである。中国によるいかなる台湾侵攻に対しても米国は「台湾を防衛する」という明快な意思表示をするべき時が、訪れた。

私は総理大臣として習近平主席に会うたび、「尖閣諸島を防衛する日本の意思を見誤らないでほしい」ということと、日本の意思は揺るぎのないものだということを明確に伝えるのを常とした。

ウクライナを見舞った悲しくもいたましい人類史の惨劇は、台湾をめぐるわれわれの決意には、そして自由と民主主義、人権と法の支配を大切に思うわれわれの決意と覚悟には、一点の疑いも抱かせる余地があってはならないことを、苦い教訓として与えてくれたのだと思う。

©Project Syndicate

202404300507issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年4月30日/5月7日号(4月23日発売)は「世界が愛した日本アニメ30」特集。ジブリのほか、『鬼滅の刃』『AKIRA』『ドラゴンボール』『千年女優』『君の名は。』……[PLUS]北米を席巻する日本マンガ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ総司令官、東部前線「状況悪化」 ロ軍攻勢

ビジネス

米GM、コロンビアとエクアドルで工場閉鎖 次世代車

ビジネス

ドル円が急上昇、一時160円台 34年ぶり高値更新

ワールド

米国務長官、29日からサウジ・イスラエルなど訪問 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中