最新記事

フィギュアスケート

ジュニア卒業に4年、世界王者まで7年 早熟の天才・宇野昌磨が「チャンピオンへの階段」を登った日

2022年4月15日(金)18時15分
茜 灯里(作家、科学ジャーナリスト)

しかし、ソチ五輪候補として名を連ねているはずの2013-14年シーズンになってもトリプルアクセルは成功せず、宇野はジュニアに留まり続けた。しかも、離氷の瞬間に左足のエッジ(スケート靴の刃)を内側に傾けるフリップジャンプが得意な宇野は、同じ踏切でエッジを外側に傾けるルッツジャンプで、エッジの角度が曖昧になる癖が直せずにいた。

「良い選手だけれど、トリプルアクセルとルッツを習得できずトップ選手にはなれないかもしれない」

宇野に対して悲観的な見解が現れ始めたのもこの頃だ。

2014-15年シーズンは、ジュニアの試合のショート(SP)で必ず飛ばなくてはならない「指定ジャンプ」がルッツだった。「宇野にとって、試練のシーズンになる」と誰もが考えた。ところが、シーズン初戦の前に「宇野が4回転ジャンプを飛べるようになったらしい」という噂がフィギュア関係者から流れてきた。

3回転半が苦手でも、4回転は飛べる選手は過去にも一定数いる。宇野の現在のコーチ、ステファン・ランビエールもそうだった。情報の真偽は訝しまれていたが、蓋を開けてみると、宇野はこのシーズンに3回転半と4回転トゥループの両方を試合で成功させ、さらにルッツジャンプのエラーまで克服していた。

12月に行われたジュニアグランプリファイナルでは当時のジュニア歴代最高得点を叩き出し、世界ジュニア選手権には鳴り物入りで参加。試合パンフレットでは男子選手で唯一の写真付き、しかも1ページ全面で取り扱われた。本番ではフリー(FS)でミスがあったものの、予想通りの優勝を果たす。宇野はジュニア卒業まで4シーズンかかったが、最高の結果を得てシニアに進んだ。

akane220415_uno2.jpg

当時の試合パンフレット。男子選手で唯一写真付きで取り上げられる宇野選手 筆者撮影

最大の魅力はジャンプではなく

ジュニアで苦労した分、シニアでの宇野のキャリアは順調な滑り出しだった。1年目にグランプリ・ファイナルで3位に入ると、2年目は4回転フリップや4回転ループもプログラムに組み込んで全試合で表彰台に上った。平昌五輪のあった3年目の2017-18年シーズンは、すべての試合で1位か2位。平昌五輪は銀、世界選手権は2年連続で銀を獲得した。

シニアに進んでから最初の五輪までを順調に終えた宇野は、羽生結弦やネイサン・チェンといった強力なライバルがいるものの、世界王者になる日はそう遠くはないと見られていた。次の2018-19年シーズンは、世界選手権こそ4位だったものの、残りの試合は2位以上。全日本選手権では負傷しながらも三連覇し、ケガが再発した四大陸選手権ではルール改正後のFS歴代最高得点を更新して、自身初のチャンピオンシップのタイトルを獲得した。

現在、4種類5本の4回転ジャンプをFSに組み入れている宇野は、2019年当時も多種類の4回転ジャンプを飛べる選手だった。だが、宇野選手の長所と言えば、ジャンプというよりも、氷に吸い付くような抜群のスケーティング技術と身体を大きく使った表現である印象が強い。とりわけ、伸ばした手が想像よりもさらに伸びて、その先にある何かを掴もうとするような余韻のある仕草に、心を揺さぶられるファンは現在でも多い。宇野は自身の演技について、「曲のストーリーを表現しているのではなく、流れる音にその時の感情をぶつけている」と説明する。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

金融デジタル化、新たなリスクの源に バーゼル委員会

ワールド

中ロ首脳会談、対米で結束 包括的戦略パートナー深化

ワールド

漁師に支援物資供給、フィリピン民間船団 南シナ海の

ビジネス

米、両面型太陽光パネル輸入関税免除を終了 国内産業
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 8

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 9

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中