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習近平政権が人権活動家の出国を認めない本当の理由

2021年6月7日(月)18時00分
阿古智子(東京大学大学院教授)

やはり「国家安全」を持ち出しての出国阻止

私は中国研究を長年続けているが、中国では問題に直面した時に、政府などへの陳情に頼る人が多いことに驚かされる。依然、人治国家の側面が根強く残っているからだろう。コネや金が不足していれば、警察は捜査しないこともあるし、あるいは「社会の安定を脅かす」と判断されれば、裁判所は訴状を受け付けないこともある。ただ、陳情というルートは公的に確保されており、国の陳情局(国家信訪局)があるし、各レベルの党や政府機関にも受付窓口がある。しかし多くの場合、さまざまな部署をたらい回しにされた挙句、問題は解決に至らない。陳情者が増えると、役人の職務評価に影響するため、「截訪」(陳情阻止)が行われ、中央の機関に訴えようと北京に出てきた人が、強制的に地方に連れ戻されることもしばしばある。

唐吉田は吉林省延辺で教師から検察官に転職し、多くの重大な案件を担当したが、司法の闇を目の当たりにして辞職した。その後弁護士資格を取得し、法的支援の対象としたのがまさに、中国当局が「邪教」に認定する宗教集団・法輪功の信者で迫害された人たちや再開発で強制立ち退きを迫られた人たち、粉ミルクに混入した化学物質による健康被害者など、権力機関にまともに相手にされず、陳情に頼る社会的弱者だった。だが、唐吉田は2010年に弁護士資格を剥奪され、2011年には中国版ジャスミン革命(一党独裁を廃止し民主革命を求める運動)を呼びかけたとして、1カ月弱拘束された。その間、ひどい拷問を受けたことから、体重が急激に落ちて体力が低下し、肺結核を患っている。2016年には不審なバイクによる交通事故に遭い、左足の大腿骨を複雑骨折する重傷を負った。

そして唐吉田は今回、日本で入院する娘のそばにいたいという一心で、出入国管理を管轄する中央政府の公安部(公安省)と北京市公安局の陳情受付窓口に並び、自分の訴えを記した書状を提出した。しかし6月2日、彼の願いは届かず、中国国内の経由地・福州から成田行きの飛行機に乗る前、「国家安全に危害を加える可能性がある」者の出国を禁じると定める「出入国管理法第12条第5項の規定により出国は認められない」と告げられた。

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北京市公安局を訪れた唐氏 Courtesy Tomoko Ako

娘が生死の境を彷徨っているというのに、どうして許可してあげられないのか。中国の政治家も官僚も子の親ではないか。今年1月にも、活動家の郭飛雄がアメリカで癌を患う妻に会うために出国しようしたが、同じように阻止された。ここ10年ほど、人権派弁護士や活動家、あるいはその配偶者や子どもが出国を妨げられるケースが相次いでいる。我が家でホームステイしていた活動家の子どもも、1度目は出国を止められたため、2度目は近しい友人にさえ伝えず、こっそりと日本留学を計画し、やっとの思いで日本にやってきた。

唐吉田は自分の信念に基づいて人権活動を行なってきたものの、家族には迷惑をかけたという思いがある。毎晩のように、娘に生まれた時から今に至るまでの思い出話、歌や詩を録音し、携帯のメッセージで私に送ってくる。私は病院に行く際に、その録音をキキさんの耳元で聞かせてあげているが、本人が直接娘に伝えたいに決まっている。唐吉田はこう呟いた。

「今は魂が抜かれたようで、何も手につかない。娘と共に過ごした日々の生活のあれこれを思い返し、家族を大切に思う気持ちが深まっている。もっと前から、娘のことを思い、娘を大切にしてやればよかったよ」

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