最新記事

人体

クジラやイルカの「エコーロケーション」、ヒトも10週間で身に付けられる

2021年6月10日(木)17時30分
松岡由希子

視覚障がい者、晴眼者ともに、エコーロケーションスキルが大幅に向上した RonBailey-iStock

<音や超音波を発し、周囲の物体の反響音によって、その物体の距離や方向、大きさなどを知覚する「エコーロケーション(反響定位)」視覚障がい者、晴眼者にトレーニングを実施した>

エコーロケーション(反響定位)とは、動物が音や超音波を発し、周囲の物体の反響音によって、その物体の距離や方向、大きさなどを知覚することである。クジラやイルカ、コウモリで知られている。

視覚障がい者のなかにも、舌打ちしたり、指をパチンと鳴らしたり、杖で地面を叩いたりして音を発し、エコーロケーションによって周囲の状況を把握したり、ナビゲーション能力を向上させたりする人がいる。

視覚障がい者、晴眼者ともに、エコーロケーションスキルが大幅に向上

英ダラム大学ロアー・ターレル准教授らの研究チームが2019年10月に発表した研究論文によると、音の反響で空間を知覚する視覚障がい者の脳では、音の空間的位置をマッピングできるように一次視覚野が順応しているという。

それでは、エコーロケーションのスキルは、どのように身につけられるのだろうか。ターレル准教授らの研究チームは、視覚障がい者12人、晴眼者14名を対象にエコーロケーションのトレーニングを実施した。被験者の年齢は21〜79歳と様々で、視覚障がい者の中央年齢は45歳、晴眼者の中央年齢は26歳であった。一連の研究成果は、2021年6月2日、オープンアクセスジャーナル「プロスワン」で公開されている。

このトレーニングでは、10週間にわたって1回あたり2〜3時間のセッションが20回行われた。T字迷路やU字迷路、Z字迷路を移動する練習や、舌打ちで物体の大きさや方向を知覚する練習などを通じて、サイズ識別、方位知覚、ナビゲーションという3種のタスクが訓練されている。

このトレーニングによって、視覚障がい者、晴眼者のいずれも、エコーロケーションのスキルが大幅に向上し、なかには、エコーロケーションを長年身につけている人と同等のパフォーマンスに達するケースもあった。また、エコーロケーションの習得度やその応用力において、年齢や視覚障がいの有無は制限要因でないこともわかった。

さらに、研究チームは、被験者のうち視覚障がい者を対象に、3ヶ月の追跡調査を実施。このトレーニングが日常生活にもたらす効果についても分析した。その結果、83%が「自立度とウェルビーイング(幸福度)が高まった」と答えている。

視覚を失った人のリハビリテーションに有効ではないか

現在、視覚障がい者へのトレーニングやリバビリテーションでは、エコーロケーションを教えていない。公共の場で音を鳴らすことに対する偏見ゆえに、エコーロケーションを用いることをためらう人もいる。

研究論文の筆頭著者でもあるターレル准教授は、一連の研究成果をふまえて「エコーロケーションは、モビリティや自立度、ウェルビーイングにポジティブな効果がある」とし、視覚を失った人や進行性の眼疾患の初期段階にある人へのリハビリテーションに有効ではないかとの見解を示している。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

マスク氏報酬と登記移転巡る株主投票、容易でない─テ

ビジネス

ブラックロック、AI投資で各国と協議 民間誘致も=

ビジネス

独VW、仏ルノーとの廉価版EV共同開発協議から撤退

ビジネス

米下院、貧困や気候問題の支出削減法案 民主党反対 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 2

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 3

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 4

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 7

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    「香りを嗅ぐだけで血管が若返る」毎朝のコーヒーに…

  • 10

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中