最新記事

香港

国家安全法の水面下で聞いた「諦めない」香港人たちの本音

They Never Give Up

2021年3月24日(水)17時15分
ふるまいよしこ(フリーライター)

magHK20210324theynevergiveup-2.jpg

香港デモ支持者が言葉を寄せた「レノンウォール」は街中から消えたが書店内で再現されている YOSHIKO FURUMAI

BNOパスポートとは、香港返還前の1997年6月30日までに香港で生まれた人にイギリスが発行するパスポート。イギリス本国の居住権は含まれないが、香港返還後の今もそれを持って海外に出れば、イギリスはその身分を保障してくれる。

HとSはどちらも中国生まれで、幼いときに香港に移り住み、香港で育った。だから彼らにはBNOの資格はない。それでもニュースに対して憤まんやる方ないとでもいうように毒づいていた。

香港生まれのGは、「一応」BNOパスポートは持っていたという。「でも更新していない。まさか役に立つことになるとは思ってもいなかったな」

Gは今のところ移民ビザを申請する予定はないという。「俺にはまだここでやることがあるからな」

やること?......Gはふふん、と鼻を鳴らして言った。「『理大囲城』って映画が賞を取ったの、知ってるか?」

それはほんの1週間前にニュースで流れていた。『理大囲城』は2019年11月に16日間、警察に包囲された香港理工大学に閉じ込められた活動家たちの様子を捉えたドキュメンタリー作品だという。

この包囲戦は、抗議運動における最後の大型の衝突だった。大学キャンパスに閉じ込められたのは活動家だけでなく、偶然そこに居合わせた市民も含まれ、突然の出来事に家族らは半狂乱になった。

その後、学内の電気や水道が止められ、食べ物もなくなる一方で、周囲では警察の強硬策に対する抗議活動、暗闇に紛れた救出作戦、さらには社会の名士による警察や活動家らへの説得活動が行われ、日々市民の話題の中心になった。

Gによると、この作品はそれまで商業的な公開上映はされておらず、市内のアートセンターで5回上映されたのみ。つまり話題性こそあれど、観客動員数もまだまだの映画を、香港の映画評論家たちの組織「香港電影評論学会」があえて昨年度の最優秀作品に選んだのである。

国家安全法施行後になって、警察と対峙した事件を活動家の目線で描いたドキュメンタリーにスポットライトを当てたことに社会は驚いていた。Gはその選考メンバーの1人だった。

「選考は侃々諤々(かんかんがくがく)だったよ。電影評論学会は政府の芸術発展局から運営費支援を受けている。この映画を選べば、来年からの支援がストップする可能性だってある。......でも、俺たちは思ったんだ。もし学会存続を優先してこの作品の受賞を見送れば、死ぬまで後悔するだろうってね」

Gはちょっと目を潤ませつつ、「まぁ『学会』はつぶれても、翌日また『協会』をつくり直せばいいだけだしな」と誇らしげにつぶやいた。

HとSがそんな彼に、満足そうな顔を向けて親指を挙げてみせた。デモが今どんな状態なのかをここで持ち出しても仕方がない。それでも忘れちゃいけないぜという表情が3人の顔に浮かんでいた。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年1月以来の低水準

ワールド

アングル:コロナの次は熱波、比で再びオンライン授業

ワールド

アングル:五輪前に取り締まり強化、人であふれかえる

ビジネス

訂正-米金利先物、9月利下げ確率約78%に上昇 雇
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 7

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中