最新記事

北極の氷が溶け、海流循環システムが停止するおそれがある、とのシミュレーション結果

2021年3月2日(火)19時00分
松岡由希子

大西洋の海流システムが崩壊するおそれがある......  NASA's Goddard Space Flight Cente

<大西洋の海流システム「熱塩循環」が、北極やグリーンランドから溶け出す淡水によって、崩壊する可能性が指摘された。その影響は、世界全域にわたる......>

「大西洋南北熱塩循環(AMOC)」は、赤道から極域に向かうにつれて冷却され、高緯度のラブラドル海やグリーンランド海で沈み込んで逆戻りし、海底をゆっくりと南へとすすむ海流システムだ。

大西洋の海水を南北で循環させ、海の浅いところを速く流れる温かい表層水と深層に分布する冷たい深層水を混ぜ合わせる働きにより、高緯度にもかかわらず温暖な気候が西欧にもたらされてきた。

OCP07_Fig-6.jpg大西洋南北熱塩循環(AMOC) wikimedia

「大西洋南北熱塩循環が崩壊するおそれがある」

しかし、近年、大西洋南北熱塩循環が弱まっている。2018年の研究成果では「小氷期が終わった1850年以降の150年間で、大西洋南北熱塩循環が異常に弱まっている」ことが明らかにされた。

また、独ポツダム気候影響研究所(PIK)の研究チームが2021年2月25日に発表した研究論文では「大西洋南北熱塩循環が19世紀に衰退しはじめ、20世紀半ば以降、そのペースが加速し、この数十年では最も弱い状態になっている」ことが示されている。

大西洋南北熱塩循環(AMOC)の変化は、気象パターン、農業慣行の変化、生物多様性、など、世界全域に大規模で深刻な影響を与える可能性がある。問題は、北極の氷が海洋に溶け出す速度だ。

maxresdefault.jpg

海流の変化は世界全域に影響を及ぼす Met Office

デンマーク・コペンハーゲン大学の研究チームは、海洋シミュレーションモデル「ヴェロス」を用いて、融氷に伴う大西洋への淡水の流入が大西洋南北熱塩循環にもたらす影響について分析し、3月2日、学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」で、「融氷のペースが高まると、その閾値に達する前に、大西洋南北熱塩循環が崩壊するおそれがある」との研究論文を発表した。

「人類が安全に活動できる領域が減少してしまう」

一連のシミュレーションによると、融氷によって淡水が大西洋に流れ込み、一定のレベルを超えると、大西洋南北熱塩循環が崩壊する。また、淡水が流入するペースが速くなると、流入量がこの閾値に達する前に、大西洋南北熱塩循環が崩壊する可能性がある。

特に、グリーンランド氷床の融解が加速して北大西洋への淡水の流入が急増すると、大西洋南北熱塩循環は、淡水の流入量の閾値に達する前に、休止状態に入る傾向が強まるという。

研究論文の筆頭著者でコペンハーゲン大学のヨハネス・ローマン研究員は、研究結果について「心配なニュースだ。これがもし事実だとしたら、人類が安全に活動できる領域が減少してしまう」と警鐘をならしている。

Ocean circulation plays an important role in absorbing carbon from the atmosphere
What is the Atlantic Meridional Overturning Circulation?

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ノババックス、サノフィとコロナワクチンのライセンス

ビジネス

中国高級EVのジーカー、米上場初日は約35%急騰

ワールド

トランプ氏、ヘイリー氏を副大統領候補に検討との報道

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、3週連続減少=ベーカー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 5

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    アメリカでなぜか人気急上昇中のメーガン妃...「ネト…

  • 8

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 9

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中