最新記事

ミャンマー

ミャンマー国軍が「利益に反する」クーデターを起こした本当の理由

Why the Army Seized Power

2021年3月1日(月)19時30分
アーサー・スワンイエトウン(軍史研究家)
ミャンマー軍事パレード(2016年)

「軍事政権」ながら政治力や統治能力には疑問符も(2016年の軍事パレード) SOE ZEYA TUN-REUTERS

<国軍は民政移管と経済改革で大いに潤っていたのになぜ? 司令官トップの自己保身などと臆測も飛び交うが、暴挙に出た理由は、その歴史とアイデンティティーを理解すれば分かる>

今年2月1日に起きたミャンマー(ビルマ)の軍事クーデターは、ほぼ10年にわたる民主的な統治(厳密には「民主的」とは言い難いが)を唐突に終わらせた。世界を驚かせたのはコロナ禍のさなかで政変が起きたことだけではない。クーデターはどう見てもミャンマー国軍の利益に反するのに、彼らがこの壮大な暴挙に踏み切ったことだ。

2011年の民政移管後も、国軍は引き続き強大な権限を握ってきた。軍政下の2008年に制定された憲法では、国会議席の4分の1を国軍が握り、警官、消防士、刑務官などあらゆる制服組を管轄する内務省も国軍の支配下にあった。

加えて国軍上層部は傘下の企業などを通じて経済でも莫大な権益を握っていた。国軍の系列企業は民政移管とそれに伴う経済改革で大いに潤っていたのだ。

クーデターで国軍は国民の不満を買っただけではない。民政移管後にミャンマーの経済開放が進むに伴い、国軍上層部は巨大利権で甘い汁を吸っていたのだが、それも絶たれてしまった。

ミャンマーの事実上の最高指導者だったアウンサンスーチー国家顧問と文民政権の指導者たちを失脚させたことで、国軍は実質的に何を得たのか。軍事独裁を復活させたこと。ただそれだけだ。

ミャンマー国軍は極端な中央集権型の組織で、そこでは指導者の資質が組織の方針に大きな影響を及ぼす。秘密主義の組織ゆえ、国軍上層部の考えを推し量るに足る情報はほとんどなく、クーデターの動機を見定めるのは難しい。だがミャンマーの歴史と絡めて国軍の歴史をたどれば、この国の現状と今この時点で国軍が権力を奪取した理由が多少なりとも見えてくるはずだ。

ミャンマーの民主化に詳しいワシントン大学のメアリー・キャラハン准教授は2005年の著書『敵を作る』で、ミャンマーの軍政と他国の軍事政権には決定的な違いがあると論じている。ミャンマーの軍政の指導者たちは制服を着た政治家ではなく戦士だ、というのだ。「戦後のビルマ(ミャンマー)政権は戦士たち、つまりたった一度の選挙に勝つノウハウすら持たない政治の素人たちで構成されていた」と、キャラハンは述べている。

ハーグ出廷が大打撃に

ミャンマー国軍は常に純粋な軍事組織だった。そこではイデオロギーより好戦的な姿勢のほうが重視される。

国軍のアイデンティティーを支える3つの大きな特徴がある。1つはビルマ民族主義の象徴としての正統性。それはイギリスの統治と第2次大戦中の日本の占領に抗して戦ったビルマ独立軍(BIA)から引き継いだものだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中