最新記事

行動経済学

都知事の発言から消毒液の矢印まで 世界で注目「ナッジ」は感染症予防にも効く

2021年2月25日(木)17時45分
黒川博文(兵庫県立大学国際商経学部講師)※アステイオン93より転載

新型コロナウイルス感染症の陽性者に接触した可能性を通知するスマートフォン向けアプリ「新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)」は、デフォルトでは「インストールしていない」となっている。自分でダウンロードしない限り、COCOAはインストールされない。人口の6割近くがこのようなアプリを活用すれば濃厚接触者の早期隔離が可能となることが指摘されているが、(編集部注:2020年)10月中旬では約15%しかダウンロードされていない。プライバシー保護に配慮した設計にはなっているものの、プライバシーに関する懸念やダウンロードの手間といった理由で、多くの人は進んでインストールしていないと考えられる。

COCOAの活用を促進するために「COCOAのインストールをデフォルトにする」というナッジが考えられるが、人々に受け入れられるであろうか? この場合も、選択の自由は確保されている。このデフォルトであっても、アンインストールすることで、COCOAを削除することができる。ダウンロードを手間に感じている人はこのナッジを支持するだろうが、プライバシー保護に対する懸念を抱いている人は賛成しないであろう。

これらのようなナッジに対して、「人間の行為主体性をないがしろにしている」と感じたり、ナッジは「様々な行動バイアスを巧みに利用したもの」で、「人を操るもの」と感じたりした人もいるかもしれない。また、すべてのナッジに賛成するわけでもないだろう。ナッジを活用する組織や機関は世界各国に設立されているが、ナッジに対する支持率は国によって異なるのだろうか? ナッジを公共政策に活用する正当性の原則はあるのだろうか?

こうした疑問に答えてくれるのが、サンスティーンとルチア・ライシュによる『データで見る行動経済学――全世界大規模調査で見えてきた「ナッジの真実」』(日経BP、2020年)である。


 キャス・サンスティーン、ルチア・ライシュ
データで見る行動経済学――
 全世界大規模調査で見えてきた「ナッジの真実」』
(大竹文雄監修・解説、遠藤真美訳、日経BP、2020年)

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

前述の通り、サンスティーンはナッジの共同提唱者である。バラク・オバマ政権下においてナッジをアメリカの政策に活用してきた。ライシュは消費者政策や健康政策に関する行動経済学的研究で数々の業績を上げ、ドイツの政策に助言してきた。ナッジを政策に応用してきた2人は数々の誤解や批判を受けてきた。様々なナッジを支持するかどうかの検証をする国際的なアンケート調査を行い、世界各国のナッジに対する支持率を示し、誤解や批判に対応したのが本書である。特に、ナッジについて受けてきた誤解(前述の「人間の行為主体性をないがしろにしている」、「様々な行動バイアスを巧みに利用したもの」、「人を操るもの」など)に対して説明し、調査結果に基づき、ナッジが満たすべき正当性原則「ナッジの権利章典」を作成している点は、ナッジを活用する人はもちろん、ナッジに対して否定的な人も一読の価値がある。

アンケート調査の結果から、ナッジに対する支持率は国によって異なるが、大きく3タイプに分けられる。第一は、アメリカ、フランス、ドイツ、イタリア、イギリスなどの健康や安全に関するナッジを多くの人が支持している「原則的ナッジ支持国」である。これらの国では、「たばこのパッケージへの健康警告画像の表示義務付け」のように、すでに取り入れられているナッジは支持される。一方、「納税者が赤十字に50ユーロ相当額を支払うことをデフォルトとする」というような惰性や不注意のせいで国民の価値観や利益に反する結果が生じうるようなナッジは支持されない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

IEA、今年の石油需要伸び予測を下方修正 OPEC

ビジネス

訂正(14日配信記事・発表者側の申し出)シャープ、

ビジネス

中東欧・中東などの成長予想引き下げ、欧州開銀「2つ

ビジネス

英バーバリー、通年で34%減益 第4四半期の中国売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 4

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 8

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中