最新記事

北欧

保守思想が力を増すスウェーデン──試練の中のスウェーデン(中)

2020年7月10日(金)11時25分
清水 謙(立教大学法学部助教) ※アステイオン92より転載

しかし、スウェーデン民主党は社会民主党の政治思想をそのまま移植したわけではなかった。社会民主党と一線を画すのが「伝統」である。これによって、「国際的連帯」を掲げてきた社会民主党とは対極的に、スウェーデン民主党は「国民的連帯」を訴え、ナショナリズムに重点を置いている。

スウェーデン民主党が最も重視する価値観とは、スウェーデン・アイデンティティであり、こうしたアイデンティティこそが安心と調和を持つ個人を生み出し、男女平等の社会の中で家族こそが国民繁栄の基礎であるとする。そして守るべきものとは、市場原理では維持できない「郷土と現住地環境」であり、それを脅かすものが移民/難民、超国家的なEUであるという認識に立っている。スウェーデン民主党の唱えるEU脱退論もこれに基づく。こうした党内改革は、フランスの国民連合(旧国民戦線)をモデルにしたと言われているが、このソフト化路線によってスウェーデン民主党の「スウェーデンをスウェーデンとして保て!」というフレーズも「スウェーデンをスウェーデンのままに」とマイルドなものに書き換えられた。

とはいえ、何が違うのかと問われれば、指し示している内容に大きな違いがあるわけではなく、レトリックそのものは継承されていると指摘される。これは、移民/難民をスウェーデンにとって最大の脅威と捉えるという結党時の理念を最重要視しているからにほかならない。

その手段として掲げられているのが「移民の帰還」である。確かに長期休暇中に難民が出身国にバカンスに行くという例もよく見られるが、すでに出身国の情勢が改善して難民となった原因が消滅しているのであれば帰国を支援すべきというのがその主な理由となっている。とりわけ高福祉がフリーライドされているという認識から、移民/難民が社会経済を脅かす安全保障問題として捉えられていることもスウェーデン民主党支持に拍車をかけている(清水謙『非伝統的安全保障とスウェーデンにおける「移民の安全保障化」』SYNODOS、二〇二〇年。 https://synodos.jp/society/23329 を参照)。

さらに、近年発生しているテロや組織犯罪による急激な治安悪化も深刻な社会問題になっているが、その厳罰化を訴えるところもまた支持を集める要因となっている。一方で、ソフト化路線の反動で、除名された者などが最近ではさらに過激なウルトラ極右を組織化していることも指摘しておかなければならない。

保守における「国民の家」の復権

福祉国家に関するこうした政策転換は、スウェーデン民主党のみならず、新自由主義の急先鋒であった穏健連合党にも指摘できる。二〇〇三年一〇月に三八歳の若さで穏健連合党の党首に選出されたフレードリック・ラインフェルトは、二〇〇五年に「新しい穏健連合党」と称して社会民主党の伝統領域を取り込んで「新しい労働者の党」として有権者に政権交代を訴えた。これまで論争の的となっていた「福祉国家」を批判するのではなく、新自由主義的な路線を希釈しながら「福祉国家」を形成してきたスウェーデン・モデルをひとまず受容した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中